9.41「追憶――原点」

あらすじ

「――万物は、表裏一体。総てにおいて、創造と破壊は一致して起きている」砂川さん、最初の思い出。彼女との出会いこそが、滅びの始まり。41節にて9話は終了、いよいよ最後の10話に移ります。

砂川を読む

* * * * * *

【鞠】

「……は?」

 私、砂川鞠は図書委員である。

 真理学園の図書委員である。

 故に、私はその通常業務の為に、あとは退屈で価値の無い授業をサボる為に、1日の半分くらいをこの図書館で過ごす。

 此処の学生は莫迦だ。知的で本を読むような学生は此処には存在しない。私は莫迦が嫌いで、苦手だった。だから尚更、この場所は好都合だった。

 その圧倒的キャパに対して閑古鳥も鳴き飽く、無人と云わんばかりの整然とした空間は、まるで私の在り方を肯定してくれているかのようにすら感じた。

 そんな、平穏な世界に、ある日……

図書館のヌシ

【ミレイ】

「ん?(←クッキー)」

 クッキー片手に彼女は姿を現した。

【鞠】

「……………………」

【ミレイ】

「…………?(←コーヒーカップ)」

 今はコーヒーカップだ。勿論、どっちでもいい。

 重要なのは、此処が図書館ということだ。その意味を、図書委員である私は軽視するわけにはいかなかった。

 ……幾ら私に好都合だったとしても、それはこの建物にとっては偶然でしかない。私の為に図書館が在るのではなく、図書館の為に私は居るのだ。

 したがって、嫌にも程があるが、私は仕事を全うする決断を当然するのである。

【鞠】

「……あの」

 なけなしの勇気を振り絞り……閲覧用のテーブルにお菓子を揃えて、椅子で寛ぐ女子の前に立った。

【ミレイ】

「ん~?(←クッキー)」

 女子は、此方を向いた。

 ……学年がいくつなのか、いまいち分からない。少なくとも私の知る人ではないようだ。身長は、座っているので詳しくは分からないけど……多分私よりも低い。

 そして私が話し掛けたというのに、この女子は封を切って次のクッキーを取り出していた。立派なおやつタイムだった。

 ……いや、知らないし。

【鞠】

「此処、図書館なんですけど……」

 出てってください。そうちょっとだけカーブを利かせたメッセージを至近距離で上からぶつける。

【ミレイ】

「ひってふぅ~、んくんく」

 が、咀嚼をやめない。

 それはまあ喉にクッキーが詰まっても気まずいので構わないとするけど、次の小袋に手をつけるのはよろしくない。

 あと、コーヒーカップっていうのもよろしくない。

 追撃を判断する。

【鞠】

「基本的に飲食禁止、なんですけど……」

【ミレイ】

「……ごっくん。だね~。基本的に、ね~」

 苛立ってくる。

 こちらのメッセージは伝わってはいるのだろうけど、それでも動かないというところに私は焦りを感じる。

【鞠】

「認められてるのはペットボトルぐらいですけど。ソレ明らかにコーヒーカップなんですけど。クッキーぽろぽろ落ちてるんですけど」

【ミレイ】

「…………例外じゃない?」

【鞠】

「例外じゃないです、違反です……」

 何故分からない。

【ミレイ】

「ん~、やっぱダメか~……折角見つけたんだけどなぁ~」

 いや、分かってはいた……のだろうか。それも、どうでもいいこと。

 違反者は対処しなければならない。それはどうでもよくないこと。

【鞠】

「……ルールが守れないなら、ご退室願いますが」

 今度は直線でぶつける。

 ……それに対し、女子は笑う。

【ミレイ】

「お姉さんね、ちょっと色んな人から追われててね。間食し過ぎですって。健康管理をしなさいって」

 そして、何か喋り始めた。

 椅子は、動かない。

【鞠】

「いや、その……会話をするつもり、私は無いんですけど……」

【ミレイ】

「だから誰にも見つからずにお菓子が食べられる場所、探してたんだ~。で、此処に辿り着いたの。この図書館、全然人気無いもんね。無駄に広いし」

 確かにその通りだ。悪さをするには悪くない場所なんだろう。

 だけど……此処は、私の場所なんだ。

【鞠】

「……此処は飲食する場所じゃないので、他をあたってください……」

 もう一度、もっと具体的にドストレートに、ぶつける。

【ミレイ】

「君は~……図書委員さん?」

 すると……話題が、私に移った。

【鞠】

「そ、そうです、けど……」

【ミレイ】

「お名前は?」

【鞠】

「……砂川、ですけど……どうして、そんなこと――?」

【ミレイ】

「こんな広大な場所で、折角出くわした可愛い子。事務的な会話で終わらせちゃうのは、何だか勿体無いかな~って。だから、自己紹介的な」

 ……何だ。

 何なんだ、この人は。何をそんなにニヤついてるんだ。私の何を、そんなに笑ってる。

 うざったい……そして何か、危険だ。

【鞠】

「……要らない、です。必要なのは、貴方が図書館を出ることだけです」

【ミレイ】

「どうしても?」

【鞠】

「図書館は、本を読む場所、ですから」

 3度目の正直。

 ……多少の沈黙。

 次は――どう動いてくる。

【ミレイ】

「そっかー……まあ仕方無いかー、じゃあまた日を改めるね☆」

 椅子が動いた。女子は立ち上がった。やっぱり、私よりもそこそこ小さい。

 内心で、ホッとする。けど、油断はしていない。

【鞠】

「いや、もう来ないでください……」

 ぱぱぱっと荷物を片付けて歩き出した女子の少し後ろを、私は附いていく。

【ミレイ】

「おや、附いて来てくれるの? 何だか嬉しいなー、お姉ちゃんに懐いてくれちゃった?」

 ……ウザい。でも、我慢だ。

【鞠】

「意味、分かりません……ちゃんと図書館を出てもらわないと」

 確実に、この人を外に出す。

 それまでの辛抱……。

【ミレイ】

「丁度良かった。正直迷子だったんだよねー。まだ慣れてなくて此処~」

 一方のこの人は、全然ストレスなんてありませんって調子のまま、歩き続ける。

【鞠】

「……………………」

【ミレイ】

「砂川さんは、真面目さんなんだ」

 ……また、話し掛けてきた。しかも私の話題だ。

【鞠】

「……普通、でしょう」

【ミレイ】

「そうかなぁ」

 何を考えているんだろうか。

 元々そんなこと得意にはしてないけど……読めない相手だった。

 結論は不審者ってわけだが、心象を悪くする価値もたいして無いので、矢張り普通を心懸ける。故に、渋々会話も成立させる。

【鞠】

「決められたことが、ある。それを守る。それは、真面目とかそういう以前のこと……じゃないですか」

 普通のことを考えて。

 普通のことを答えて。

 ならば、結果も私の想定するような普通に収まるだろう。

 私の無駄な苦労もないように。

【ミレイ】

「どうかなぁ……」

 けど――矢張り、読めない。

【鞠】

「…………」

 私の想定に、この人は収まらない。

 この人は普通の対応をしてくれない。

【ミレイ】

「その決められたことで、損をしている人だって、いっぱい居るんじゃないかなぁ。少なくとも――私は楽しくない、かなぁ」

 それは……私には無い着眼点だった。

 私には無かったというだけで、それ自体は唯一無二とかいう考え方ではないのかもしれない。ただ、そんなそれなりにしっかりした言葉をあろうことかこの私に用意してくるような人は、家庭教師以外では初だ。

 この学園で、この場所で、そんな会話をしてしまっていることが初で……問題なのだ。

【鞠】

「……だから破られたら、周りの人が迷惑します。私も、迷惑です」

 動揺しながらも……引き続き、普通のことを返す。

【ミレイ】

「えへへ、ごめんねー」

【鞠】

「…………」

 話題が……ここで途絶えてくれればいい。

 そのまま、黙ったまま、此処を立ち去ってくれれば――

【ミレイ】

「……でもね」

 ――だが、何処かで予想していたかもしれない、矢張りそう上手くはいかなくて……

【ミレイ】

「万物は流転するんだよ、砂川さん」

 切り返してきた。

【鞠】

「え……?」

 それも最高に面倒そうなモノを引っ提げて――

【ミレイ】

「変わらない世界の本質は、ただそれだけ。それ以外は全て、遍く漂う刹那の煌めき。だから……止まったものは等しくどうしようもなく、美しくない」

【鞠】

「何、を」

【ミレイ】

「云い換えよっか」

 要らない。

 黙っていてほしい。

【ミレイ】

「――万物は、表裏一体。総てにおいて、創造と破壊は一致して起きている」

 貴方が何を云っているのか、ソレを理解する価値は私には無いのだから。

 だから、必要の無い事を話さないでほしい。

【ミレイ】

「何かを創れば、何かが壊れる。何かを壊せば何かが生まれる」

【鞠】

「…………」

 だから私に、話し掛けないでほしい。私に考えさせないでほしい。

【ミレイ】

「止まってるのは……フフッ、美しくないんだよ。砂川さん」

 私に――笑わないで。

【鞠】

「……哲学は、興味ありません。私の、知るところではありません。私の人生に……必要なものは、もう揃っている。私の歩き方は、もう決まっています」

【ミレイ】

「…………」

【鞠】

「……だから、何がしたいのか知らないですけど……帰ってください。哲学書なら、今度ちゃんとご利用の時に、書庫を案内します」

 入口近くに到着した。

 私は足を止める。後は、この人が帰ってくれるのを見届けるだけ。

 だけど、矢張り私の予定にこの人は合わせない。この人の踊るような身体は何度も私を向き、私を乱す。

【ミレイ】

「別に、お姉さんは哲学に興味は無いけどなぁー。でも、可愛い砂川さんとお時間過ごせるなら、それもいいかも」

【鞠】

「……………………」

【ミレイ】

「ひかないでよ~……」

 ――実に、最悪な出会いだったと思う。

 コレが無ければ、とあれから何千回思っただろう。

【ミレイ】

「お姉さんは別に、奇怪なことは云ってないよ。全部そう分かってるから、砂川さんにも分かってほしいなーって思ってるだけ。物語の理には、自然に向き合っていた方が気が楽でいいんだよ」

 話し掛けさえしなかったら、常連には矢張りなってたかもしれないが私は関わらずに済んだかもしれないのに。

 会話にさえ附き合わなかったら、つまんない子だと思われこの先話し掛けられることも無かったかもしれないのに。

 だとしても……私は何も、悪いことをしていない筈なのに――

【鞠】

「ワケ、分かりません……」

【ミレイ】

「分かんなくていいよー。優しい砂川さんの為に……お姉さんが、導いてあげる――」

【鞠】

「要りません。私の道は、もう――」

 この日この時、逸脱してしまったのだ。

【ミレイ】

「――君の道を、お姉さんがぶち壊してあげる♪」

     

 では……私は、今……。

 一体何処にいるのか?

【???】

「――ほら」

【鞠】

「…………」

【???】

「もう君の道は……元の形を、していない」

PAGE TOP