9.23「迷い」

あらすじ

「私みたいな莫迦じゃなくて……諦めずにルートを考えられる皆を、支えてあげて」砂川さん、焼却炉飯。クラス委員長と一緒にモグモグします9話23節。

砂川を読む

Time

8:30

Stage

2D教室

 ギリギリ、教室に間に合った。遅刻するぐらいなら欠席した方がマシだ。

 扉を開ける。

【鞠】

「……ん」

 そうすれば、一瞬ぐらいは教室の光景が目に入る。私は教室の光景というものに興味無いから、人見知りらしくすぐ俯いて自分の机しか見ないんだけど。

 その一瞬で目に入ったのは……。

【安倍】

「…………」

【鞠】

「…………」

 自分の席に座る。

 ……けど、まだ独り遊びに入らない。私は、まだ教室の光景を眺めていて。

 いや、教室っていうより明らかに1人のクラスメイトを見詰めていて。彼女はそれに気付かない。

【安倍】

「…………」

 いつもは、朝から騒がしい人だった気がするけど。

【女子】

「安倍さーん、借りてたやつ返すー。ありがとー(←2520円)」

【安倍】

「ん? あーどうもどうも。あれ、延滞金は?」

【女子】

「そんな追加料金払うレベルで長く借りてなかったでしょー。4ヶ月ぐらいじゃん」

【安倍】

「いやいやいやいやTATSUYAなら3万はもってかれるから」

【男子】

「安倍ぇー、今度は利息なしで俺に貸してくれー」

【安倍】

「えー? どうしよっかなー?? コイツが結構タチ悪いお客だったからぁ」

【女子】

「テヘッ」

【安倍】

「利息なしなら、代わりに担保を用意してもらおうかな。2週間以内に返さなかったら担保を頂戴します」

【女子】

「おー安倍さん、会長の居るクラスで堂々とビジネスウーマンだねー」

【鞠】

「…………」

【男子】

「やっべえ、金の貸し借り現場おもくそ見られてたぞ……ここは一旦退散だ!」

【安倍】

「担保考えといてー」

 ほら、やっぱり騒がしい。私の日頃の印象は間違っていない。

【秭按】

「ごきげんよう。HRを始めます」

【安倍】

「…………」

 すなわち、様子がおかしいというのは確定、なんだろう。

Time

13:00

Stage

用務通り

 疲れつつもお昼ご飯へと向かう私。

 ……相変わらず授業は退屈なので、その意味での心労を除く疲労は特に無い筈だった。が、午前私はそれなりに疲れた。理由はまあ、修学旅行っていう真っ当なものなんだけど。

 不安があるのは分かったから、それは放課後の相談会の時に云ってほしいものだ。私の休み時間を邪魔しないで。お陰で2限以降ずっと内職する羽目になったじゃないか。不良な私の姿、先生がたにバレてないといいけど……。

 ってことでお腹ぺこぺこ。いつもの焼却炉前へとこっそり行く。

 すっかり私の聖域だ。

【安倍】

「……………………」

 ……だけどその聖域に見たことある女子が。

【ババ様】

「クラスのリーダーさんじゃの」

【鞠】

「……何で女子ばっかり其処に座るんだ……」

 もしかして何か見えないパワー出てる? パワースポット的な。

 兎も角、だ。この前は即行で画伯姉に見つかったけど、今はまだ私は気付かれていない。

 ボーッとしているみたいだ。お弁当の蓋も開かずに。

【鞠】

「…………」

* * * * * *

【男子】

「やっべえ、金の貸し借り現場おもくそ見られてたぞ……ここは一旦退散だ!」

【安倍】

「担保考えといてー」

【秭按】

「ごきげんよう。HRを始めます」

【安倍】

「…………」

* * * * * *

【安倍】

「……あれ?」

 あ……見つかった。逃げればよかったものを。

 いや、今からでも踵を返し逃げるのだって悪くない手ではある。

【鞠】

「……どうも」

 だけど……其処は、私の聖域なわけだし。此処を逃してこの前は昼食の機会を失ったわけだし。

 焼却炉前の石段差。彼女の隣に、私は座った。

【安倍】

「……どしたの会長さん? もしかして、この美人クラス委員と一緒にご飯食べたくなった?」

【鞠】

「……元々此処は私の場所です」

【安倍】

「えー……道理で見ないと思った。会長さん、こんなとこでお弁当開けちゃうわけー? 会長オーラと作ってくれた人が泣いちゃうよー」

 莫迦にしてるんだろうけど……何か、ふにゃふにゃだ。云ってることは正しかろうが、それを主張するには声の力が明らかに不足している。

【鞠】

「……作ってくれた人が泣くのは貴方も同じでしょう。貴方こそ、クラスの商売相手と一緒に駄弁ってるイメージありますけど」

【安倍】

「商売はしてないよ。お金のやり取りをしてただけ」

【鞠】

「紫上会の目が留まるに充分です。後日聴取します」

【安倍】

「ケチ会長め」

 ……会話をしてしまっている。何やってんだ私は。

 ただ、それ以上に、何をやってるんだこの人は。

【鞠】

「……貴方、朝からだれてましたね」

【安倍】

「え……?」

【鞠】

「クラスメイトとのコミュニケーションも、今日は無理して演じているよう見えました」

【安倍】

「…………はは……会長さん、まさか私のことなんか観察してたの今日ー? 時間の使い方、間違ってない?」

【鞠】

「日常的な私は兎も角、果てにこんなところでお弁当を膝に乗せて佇んでるだけの貴方に比べたらずっとマシでしょう」

【安倍】

「…………」

【鞠】

「……何で、今日は此処なんですか」

 ……顔が、沈む。

 辛うじてニヤニヤ顔が、ちょっと残ってるぐらい。いや、残してると云うべきか。

【安倍】

「いつもは、教室で食べてるんだけどね。でも……今は、何かソレも、したくなかったっていうかさ」

【鞠】

「祖母、ですか」

【安倍】

「……敵わないなぁ、会長さんには……」

 修学旅行で心労を抱いてるのは私達紫上会だけじゃない。

 量を測るのであれば間違いなく私達には及ばないものの、いきなりコース変更を迫られて皆も多かれ少なかれストレスになってるだろう。だから私は午前内職してたんだから。

 私が思いっ切り関わってるのはそういう人達だが、大輪が戦争したってなって不安を覚えた人は世界中に数え切れないほどいるに決まってる。だから、日常は崩れていないものの、今世界は総じて暗い空気になっている。

 ……だったら、修学旅行の予定が台無しどころか、大輪に親しい人と連絡が取れない彼女の精神的ダメージは、浅くはない……総て私の予想でしかなかったが、当たったようだ。

【安倍】

「お偉いさんがたは、まだ動いてくれないのかなー」

【鞠】

「別に全然壊滅してるわけでもないですし、救助活動ぐらいは広くやってそうですが、個人個人のお願いごとを聞いてる暇は無いでしょう」

【安倍】

「でも、大切な人の安否は、皆の需要だよ」

【鞠】

「……電波環境がマイナスじゃなければ、何とかなったかもしれませんが」

【安倍】

「どういうこと?」

【鞠】

「傭へ――知り合いの話によれば、大輪全体に、強い残留電磁波とやらが蔓延していることが分かったそうです。コレの所為で、上陸した人達皆、アルスがダメになったとか」

【安倍】

「……伝書鳩サービスとかやってる会社無いのかなぁ」

【鞠】

「今以外需要が無いでしょう、そんな会社」

 彼女の、本当の希望先は変わらない。

 そしてソレは叶わないことも、変わらない。状況が、変わってないのだから。

【安倍】

「……仕方無いのにねえ。私、ずっと引き摺っててさ」

【鞠】

「…………」

【安倍】

「これは、何て云うか、誰も悪くなくてさ。運が悪かったって感じで。だから……仕方無い」

【鞠】

「……はい」

【安倍】

「……だけど、それでも…………ダメだね、これじゃあ……会長さんに、クレーム押し付けてるのと同じだ」

【鞠】

「はい」

【安倍】

「そこは、全然いいよ、って謙るところだよー」

 何故、私が謙らなければならないんだ。貴方が云ったことだ、誰も悪くないと。仕方無いと。

 結論は付いている。残酷だが、現実はそういうものだろう。

 私はこの人を救う一手を、持たない。救う理由すら、無い。

【安倍】

「ありがと」

【鞠】

「……? はい?」

 何も私は与えない。

 にも関わらず、何故か彼女は私にお礼を述べた。

【安倍】

「励ましてくれて、ありがと。ちょっと元気、出たかも」

【鞠】

「……そんなつもり一切無いですけど。現状の分析を貴方と共有したに過ぎない」

【安倍】

「素直じゃないなぁ」

 確かに元気出てきたかな。私に対する嫌味にキレが出てきたような。

【安倍】

「村田が、云ってたことはやっぱり、本当なんだね」

【鞠】

「……云ってたこと?」

【安倍】

「あー……ううん、何でもない。会長さんは知らなくていいことだよー」

【鞠】

「まさか、陰でまた私を貶める策を……」

【安倍】

「ないない、村田はすっかり毒抜けたから」

 ……まあ貶めるメリットは無いというか、デメリットに溢れてるから、賢い彼女がガチでやるとは思ってなかったけど。

【安倍】

「……ごめんね、会長」

 って、謝罪が来た……。

【鞠】

「……今度は何ですか」

【安倍】

「4月とか、最初会長さんのこと、あんまり良くは思ってなかったからさ」

 あんまり良くは思ってなかったどころの態度じゃなかった気がするけど……。

 え、何でソッチがいきなりそれを掘り返してくるの?

【鞠】

「……何を企んでる……」

【安倍】

「何も企んでないって。第一印象の取り方、完全に間違えたんだよねー……あの時もうちょっっと媚びを売ってたら私も紫上会室お邪魔できたかもしれないのに」

 ワケが分からない。

 何だろうこの文脈は。

【鞠】

「……………………」

【ババ様】

「素直に受け取ればよいのに」

 ババ様、真っ直ぐ過ぎる助言。

 ……貴方は1学期の私の環境を知らないからそんなこと云えるんだ。

【鞠】

「……どんなに媚び売っても紫上会室は紫上会の聖域です。校則でしっかり禁止されてますので」

【安倍】

「ケチ会長」

 ソレが云いたかっただけじゃないかな。てか私そんなにケチだろうか。

 まあ何と誹られようと有効打でないなら一瞥にも値しない。繊細な性格なので結局無視れないんだけどね。そろそろ慣れようよ私。

 ……ってか、お昼ご飯の時間がっ。

【鞠】

「時間が勿体ない……貴方も早く何処かで食べればいいと思います」

【安倍】

「さりげに追い出す感じ? 今日は私の方が先に来たのにー」

 包みを解いて、蓋を開けた。2人共に、その場で。

【安倍】

「って、あっれ、会長さんのお弁当なんか輝いてない!? 何ソレ」

【鞠】

「……お弁当ですけど」

【安倍】

「お弁当の中身の交換って、青春の醍醐味だと思うんですよね会長様」

【鞠】

「何でそんな価値のあるか分からないことを私がやらなきゃいけないんですか」

【安倍】

「ケチ様め」

 遂に会長とすら云われなくなった。

 この人の調子、分かったようで結局分からなかった。

【鞠】

「……はぁ……」

【安倍】

「――会長さん」

 会長が復活した。

 もう溜息すら隠さず、横を向く。

仕方ないこと

【安倍】

「他の皆の為に、頑張ってね」

【鞠】

「…………」

【安倍】

「私は……会長さんが選んでくれたやつを、頑張って楽しんでみるから。私みたいな莫迦じゃなくて……諦めずにルートを考えられる皆を、支えてあげて」

 いっぱいの笑顔だった。

【安倍】

「じゃないと、文句とか云われちゃうかもよー」

 嫌味も籠めて。

【鞠】

「…………」

 私は――何でか、言葉を失った。

【安倍】

「さーて、早く食べて、午後の授業も頑張らないとなー! 今度の期末試験で、恩恵獲ってやるー!」

【鞠】

「…………」

 ……5限ギリギリにはなったが、何とか食べ終わり教室に戻った。

 けど、昼食の味を、私は覚えていなかった。

PAGE TOP