8.56「忘れられないもの」

あらすじ

「――大嫌い――」砂川さん、カラオケ。かつての思い出が瞼の裏に蘇りながら、忘却の真空旋律姫は何を響かせるのか。次回ラストな8話57節。

砂川を読む

【鞠】

「白宮駆遠さんの『Sublimation Soul →Sweet Me』で、お願いします」

【司会】

「おっとこれまた有名どころで来たーーー!!」

 何かもう、曲名で既に恥ずかしい。

 沢山、溜息を吐かないと。

【ババ様】

「何じゃその曲?」

【鞠】

「どこぞのCMソングです」

 クラシックはボーカル曲よりも採点が厳しい、っていうかよく分かんない。抑もポップな曲よりも遙かに、点数とか付けるの烏滸がましい領域だと思うし。

 そんなカラオケ的にもテレビ的にも厳しいものを選ぶわけがない。

 まあ、バイオリンでカラオケやるっていう時点で何より私には厳しいのかもしれないけど。

【汐】

「鞠……いけるんですかね……」

【ノウェル】

「? 國宝なんでしょ? そんな実力あるんだったら、普通にやっちゃえるんじゃないの👅」

【在欄】

「いや、そう容易い話ではない。あの砂川くんの國宝ならしめた演奏様式は独奏だ。この岐部在欄はあの砂川くんが他の何者かと合奏をしている様をこれまで一度たりとも見たことがない」

【汐】

「在欄くんの指摘の通りです。鞠は唯一無二って評されまくる旋律を奏でます。ですから、それに合わせられるのもとんでもない変態ぐらい。今のところ、そんなコラボが成立したことないんです。成功する筈もないのだから」

【ノウェル】

「え、じゃあリズムとかメロディとか、カラオケの音と全然合わないかもってこと? 何であの子バイオリン持ってきたの?」

【汐】

「それが分からないんですよー……! 独奏ならテレビ映えは間違いないですけど、下手すりゃ放送事故になりますよー……」

【学長】

「……ですが、彼女にはどこか、確信めいたものを感じます」

【帯刀】

「学長? それは、一体?」

【学長】

「分かりません。しかしヤケになっている様子でもない。我々の想像の及ばない何かに、彼女は身を委ねているやもしれません」

【在欄】

「この岐部在欄も同意する。故に、これより見えるは、通常運転の「忘却の真空旋律姫」とは異なる……我が知見の、新境地だ――」

 うっわあぁあああ審査員の一部すっごい盛り上がってる……。

 別に新しいことをやるつもりはないんだけど。私にとっては一度やったこと。それをそのまま行うだけの単純な作業。

 まあ、出来るかどうかは分からないんだけどね。

【司会】

「設定完了!! いきますか、砂川さん!!」

【鞠】

「いつでもどうぞ」

 会場が静まっていく。

 それはこの繊細な音を飛ばす楽器を思ってのことか、それとも曲に浸るためか。

 ――『Sublimation Soul →Sweet Me』。

 跳び上がるほどでもないにしろ、明るい曲……なのかな。その辺、私はあまり知らない。そう、抑も知らないのだ、あんまり。

 ただ私からしたら……何処か暗くも感じて……。

【鞠】

「……………………」

 ――目を閉じる。

 それは、バイオリニストとしての開始ではなく、ただあの時も確か目を閉じていたってだけで。

 でも、私は矢張り、現実を忘れていく。

【鞠】

「(ソレだと、ダメなのにな)」

 これは独奏じゃないんだから。

 それに。

 あの時のことは――忘れていないのだから。

* * * * * *

【鞠】

「またお茶会やってるんですか――」

 ぱぱぱぱぱぱんッ!!

【先輩たち】

「「「優勝おめでとーー!!」」」

 クラッカーの中身が私にぶっかけられた。

 …………。

【鞠】

「嫌がらせ……或いは虐め……?」

【謙一】

「いやいやお前もうちょっと素直に解釈しようよ」

【鞠】

「解釈するには情報が整理できなきゃいけないんですが……何ですかコレ、ほんと何なんですか。何でこの場所で私、クラッカー浴びてるんですか」

【???】

「今日の茶会の主催者曰く、優勝祝いだそうよ」

【鞠】

「優勝……?」

【謙一】

「ワールドバイオリンアーツ、ジュニアの部優勝。それをお祝いしたいんだとよ」

【鞠】

「ああ……お酒のつまみ、的な……」

【謙一】

「お前ほんとねじ曲がってるよな」

【???】

「ってことで、表彰しまーす」

【鞠】

「は?」

【???】

「一応附き合ってあげなさい。この人云い出したら止まらないし、私も解放されないから」

【鞠】

「は、はあ……」

【???】

「貴方はワールドバイオリンアーツにおいて、皆を大変感動させる最高の演奏をしました。よってここに賞します!! 貴方の愛しいお姉ちゃんのミレイ。――おめでとうございますっ!!」

【鞠】

「…………どうも」

表彰状

 ……表彰、貰ってしまった。

 しかもコレ、どう見ても自作だ。

【ミレイ】

「えへへ~、どうかな~? お姉ちゃん頑張って作ったんだよ~~」

【???】

「シュークリーム片手にね」

【鞠】

「破り捨てて良いですか」

【ミレイ】

「のんのんのん(泣)」

 確かによく見たら、パイのカスが付着してる……。

 やっぱりお酒のつまみ程度の戯れか。

【鞠】

「子どもですか貴方は。見た目通りですね」

【ミレイ】

「え~~~そんな感じの反応なの~~(泣) もっと喜んでくれると思ったぁ~~!!」

 駄々をこね出す年上。

 そういうところがめちゃ子どもだ。

【鞠】

「もっと煌びやかで上質な表彰状腐るほど持ってますからね。腐らないよう保管してますけど」

【ミレイ】

「じゃあじゃあ、しっかりコレも腐らないように保管してねー!」

 反省無しというか。

 自分の行いに間違いなしを疑わないというか。

【ミレイ】

「お姉ちゃん、ちゃーんと、見張ってるんだからー」

【鞠】

「怖い」

【ミレイ】

「えへへ、これで鞠ちゃんの豪邸に行く口実ができたねー謙一くん、凪ちゃん!」

【謙一】

「よしきた」

【凪】

「金目の物はあるかしら」

【鞠】

「本音はそこですか」

 まあ絶対何かあるとは思ったけど。

【鞠】

「本当、貴方は自分勝手ですね」

【ミレイ】

「そんなことないよ~、お姉ちゃんは、しっかり鞠ちゃん想い、なんだよ?」

【鞠】

「シュークリームの方が大事な癖に」

 …………。

【鞠】

「でも……」

【ミレイ】

「?」

【鞠】

「その、ありがとうございます。一応……保管は、しておきます」

【ミレイ】

「毎週チェックしにいかないと。ワクワク~」

【鞠】

「……やっぱり今ここで破り捨てておこうか……」

 ――その、低クオリティな表彰状は、今もまだ、あのクリアファイルに保管されてある。

 謳い文句はもしかしたら本当なのかもしれない、それともまだ変化が目に見えるには時が足りないのか、酸化は殆どしていないようだ。

 ――でも。もうそれをする意味は無い。腐ってようがなかろうが、どうでもいいこと。

 だって私がアレを持ち続けていたって……週どころか、この先いつまで経ってもあの人はもう、私の前には現れないのだから。

【鞠】

「……97点。思いの外取れた……」

【謙一】

「カラオケでバイオリン使うのは反則だろ! くっそ、負けた……罰ゲームかよ、何食わされるんだよ俺……!」

【凪】

「だから云ったのよ、この子基本的に優秀なんだからどんな神業使ってくるか分かったものじゃないって。私まで負けたじゃない」

【ミレイ】

「鞠ちゃん、ありがとー!! お姉ちゃん嬉しいよ~」

【鞠】

「……別に。貴方に巻き込まれて私までゲテモノ食べさせられるの嫌だった、だけですし」

【ミレイ】

「それもあるけど……お姉ちゃん、この曲大好きなんだ~。『Sublimation Soul →Sweet Me』!」

【鞠】

「そりゃまあ、ライジングサンのテーマ曲みたいなものですからね」

【ミレイ】

「鞠ちゃん、この曲選んだのは……お姉ちゃんの、為だよね?」

【鞠】

「…………自意識過剰は、恥ずかしいですよ」

【ミレイ】

「むふふ~照れちゃってもう~♪ 可愛いなぁ~!」

【鞠】

「ちょ、だ、だから違うってば……離れてください、暑苦しいっ……!」

【ミレイ】

「……鞠ちゃん」

【鞠】

「何ですか、ああもう……服に食べカスついた――」

【ミレイ】

「大好き――」

【鞠】

「……………………」

 ――私は嫌いだ。

 嫌い。

 嫌い。

 嫌い。

 嫌い。

* * * * * *

【鞠】

「――大嫌い――」

 お姉ちゃんなんか――

 大っ嫌いだ――

     

【笑星】

「……………………」

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