8.10「恩返し」

あらすじ

「皆が見捨てずにいてくれたこの俺の存在で、皆に返したいんだ」砂川さん、笑星くんの衝撃の事実に取り乱します。ここにきて3話最後らへんの伏線回収な8話10節。

砂川を読む

Day

9/13

Time

1:30

 ……いつもの深夜2時。正確には1時半だけど。

 何故いつものなのかというと、これがお泊まり時の活動終了時刻と私なりに決めているからだ。睡眠も大事。

【鞠】

「疲れた」

【ババ様】

「そんでもって退屈だったぁ」

【鞠】

「明日もこんな感じです」

【ババ様】

「ほげぇえ」

 潰れたような声を出す。眼は潰れないでね。

 リビングに出た。

【鞠】

「…………」

【笑星】

「…………」

 数時間前と大差無い、彼の姿が見えた。

【ババ様】

「おお、あっちも頑張ってるの」

【鞠】

「……今何時だと思ってるんですか」

【笑星】

「あ、会長……」

 真剣な顔が、此方を向くと笑顔にチェンジする。

 社交性の高さをよく分からせる。

【鞠】

「明日に響くのでは」

【笑星】

「へへ……ついつい夜更かししちゃうな、姉ちゃんが居ないから」

 あの人はプライベートでもしっかりしてるんだろうなぁ。ほんと似てない。

【笑星】

「ちょっと解けない問題にぶち当たってて。頑張ってたら結構時間経ってて。ますます引くに引けない感じに……」

 それやってたら絶対間に合わないじゃん。

 本人も分かってるんだろう、苦笑している。

【鞠】

「まあどうでもいいですけど。私、今からシャワー浴びるので」

【笑星】

「あ、うん分か――」

 ぼんっ。

 突然顔が赤くなった。

【鞠】

「……その。気を付けてください」

【笑星】

「うん……分かってる……」

 ほんと、分かり易い。

 私は脱衣所に向かった。

【ババ様】

「どしたのじゃ、笑星?」

 貴方の所為でしょ。

Time

2:00

【ババ様】

「ふはー、良いお湯だったー!」

【鞠】

「シャワーだけじゃないですか」

 元々お湯に浸かることにそんな拘りの無い私。シャワーで充分満足である。

 まあ満足か否かを評価するほどに抑も入浴に興味が無いんだけど。女子としてこれはダメだろうか。

【鞠】

「……って」

 戻って来たら、まだ雑務が居た。

【笑星】

「……………………」

 さっきと比べて、テーブルが忙しいことになっていた。数冊の参考書が広げられている。

【鞠】

「……何してるんですか」

【笑星】

「あ……うん、今は、問題解決の手掛かりを何とか発見したくて。色々見てるんだ」

【鞠】

「答え見ればいいのに」

【笑星】

「それはもうやっちゃってる。でも、それを見ても今イチ分かんないからさ、今こうなってる。理解していかなきゃ、この先似てる問題に太刀打ちできないだろうから。きっとそれだと、紫上会には入れない」

 案外ストイックな姿勢だった。そこは姉に似ているのかもしれない。

 ……今開いてるの数学だけど、それこそ姉に相談すればいいのに。

【笑星】

「せめてこの1問には、勝たないとね! 寝ても寝きれないよ」

【鞠】

「いやもう負けてるし」

 ……………………。

【鞠】

「……そんなにこの紫上会は、価値がありますか」

【笑星】

「? うん。鞠会長の姿見てて思った。何でも解決する鞠会長見てて確信した。此処なら、俺が思ってるぐらいに皆を笑顔にすることができるって」

 それは、だいぶ前に聴いた覚えがある。

 何で私の姿を見てそうなるんだとも思うけど、確かに此処は普通の生徒会なる組織よりも強大な力を持っている。間違いないだろう。

 でも……もっとだ、抑ものことで。こんなの別に私が気にすることじゃない、興味無いことの筈なんだけど。

【鞠】

「どうしてそんな、皆を笑顔にするっていうことに拘ってるんですか」

【笑星】

「…………」

 私ならば考えもしない価値観を持つこの後輩。

 どうせ浅い思考しか詰まってないだろう彼に、哲学に近いことを私は問うていた。

 深夜2時を超え、もう寝ようと思っている時にする質問ではないな、と頭のどこかで考えながら、しかし――

【笑星】

「……恩返し、かな」

 思いの外早く返ってきた回答を聞き逃すことはせず。

 私は寝袋へ向かう道を失っていた。

【鞠】

「恩返し?」

【笑星】

「俺、心身ともにそんな強くないからさ。昔も今も。独りじゃ、何もできなかった」

 ……心身? 強くない?

【鞠】

「貴方、何か持病でも……?」

【笑星】

「よく分かんない。母ちゃん曰く、心臓に重い病気って――」

【鞠】

心臓ッ!?

 思わず、テーブル越しに彼の肩に掴みかかった。

【笑星】

「え!? な、なに!?」

【鞠】

「あ……貴方、運動しまくってませんか……!? 体育祭とか普通にやってたでしょ!?」

【笑星】

「う、うん」

【鞠】

どうして云わなかったんですか! 運動しちゃダメじゃないですか!!

【笑星】

「いやいや待って、確かにそんな感じの制限必須な持病ではあったけど、治療したから!!」

【鞠】

「……もう、治ったってことですか……?」

【笑星】

「あー……いや、完全に、ではないっぽい……」

【鞠】

「……………………」

 死ぬ気か。

【笑星】

「お医者さんからは一応、許可は貰ってるんだよ……? 松井先輩や茅園先輩みたいに部活入って毎日激しい運動するのは絶対やめとけって云われてるけど、軽い運動なら全然……」

【鞠】

「貴方の巡回、会計たち曰く軽い運動どころじゃないらしいですが」

【笑星】

「え、えー……そうだったかなー……?」

 死ぬ気かっ。

【笑星】

「でも、姉ちゃんも黙認してるからっ。俺はもっと、皆と楽しみたいって気持ち」

【鞠】

「…………」

 人の人生の在り方は現代、自分自らが決めていいものだ。それがたとえ、すぐに自分の人生を終わらせる選択だったとしても。

【笑星】

「……俺、まあそういう爆弾生まれた時から抱えてて、治療に結構時間とか掛かっちゃって。C等部の頃は殆ど何もできなかったんだ。ただ家族のお金が漏れていくだけで、俺は全然存在価値なんて無くって……なんて昔云ったら邊見にすんごく怒られたんだけどね。家族と邊見が俺なんかを見捨てずに支えてくれた。少しずつ良くなって学校にもマトモに通えるようになって、皆が俺を迎え入れてくれた。それがすっごく嬉しかったんだ。だから、恩返し」

 自分で選べない人生に価値は無い。そう容易に考える人の多い世の中だ。

【鞠】

「…………」

【笑星】

「皆が紫上学園に居る期間中に、でっかい恩返しがしたい。皆が見捨てずにいてくれたこの俺の存在で、皆に返したいんだ。俺が受け取った幸せを……それだけのことができる場所といったら、やっぱり此処だからっ!」

 だけど……それは、はっきり云って周りは大迷惑だ。

【鞠】

「……似てる」

【笑星】

「……え?」

 この寒気は湯冷めの結果だろうか。それとも……。

 疲れた頭に浮かぶ、忌まわしい思い出。

 今でもまだ、鮮明に私だけの眼に映るようだ。

【鞠】

「……貴方の医療の記録、紫上会会長として完全に把握しておく必要がありそうです」

【笑星】

「え、も……もしかして、活動自粛的な……?」

 ……本当ならそうさせたいぐらいだけど。どうせ云っても聞かないだろう。

 この人がそういう種だというならば。

【鞠】

「今後2度と医者の考慮無しに過剰な運動をしないでください。程度を判断するのは貴方でなく、私です」

【笑星】

「えー……」

 嫌がっている。

 その顔が――重なる・・・

【鞠】

「――もし死んだら」

【笑星】

「え?」

【鞠】

「貴方が死んだら、紫上学園中が幸せと逆方向の悲しみに暮れるということを絶対忘れないで」

【笑星】

「…………鞠、会長……?」

 腕に変な力が入ってる。息も荒い気がする。

 今私は、一体どんな顔をしてるんだろう。

 目の前の男子は愕然としているようだけど。だけども、構わず続けようって思った。

【鞠】

「皆が支えてくれたというなら、その皆の期待を最も裏切る真似だけはしないで。貴方が今の生に感謝するなら、続けて生きることが貴方の最低限守るべき責任だ」

【笑星】

「…………」

【鞠】

「……これは――会長命令です」

 最後に論理を据えて……手を離しテーブルへと前のめりしている状態から戻る。

 そう、最後だけ。それ以外は全部、ただの私の我が儘。衝動のままのキレ言葉。

 どうせ余計に違いないコミュニケーション。どう彼は受け止めたろうか。

【笑星】

「…………ごめん…なさい……」

【鞠】

「…………」

 落ち込ませただろうか。

 今まで歩いてきた道、自分の決定をいきなり遮断するような真似を見せた私を恨むだろうか。

 諦めるだろうか。

【笑星】

「……でも――」

 否。私だって、分かっていた。

【笑星】

「――俺は、来年会長になる」

 その種の人間に、他人の言葉なんて狙い通りに届いてくれないことなんて。

 すなわちもうこの人はその種の人間だということを、私は確信してしまった。

【鞠】

「…………」

【笑星】

「会長の云ってくれたことは、尤もだよ。俺もそう思う。変なところで体調崩すなんて莫迦だもんね。それで皆を心配させちゃ意味無いもん。だから、今後は絶対気を付ける。自分の体調とも、もっと附き合うし、会長がしろっていうならそれも報告するし」

 揺るぎない意思。

 そして彼は笑うのだ。

【笑星】

「だけどね――コレは、譲れない。会長になるかどうかについては、たとえ鞠会長の意思であっても関与できない。だって決め手は実力試験なんだから」

 広げられた勉強道具たちに手を触れ……まるで私から守る準備をしたかのように。

【笑星】

「俺は必ず皆の笑星として、皆を笑わせる。会長になって、恩返しする。邊見たちに。松井先輩たちに。それに誰よりも、鞠会長に」

 闘気とでも云うべき、言葉が空気を伝い私の皮膚にぶつかる。

 ピリピリとしながらも……その核にあるのは……どう表現すれば適切か分からないけど、一言でいうならきっと「優しい」で。

【鞠】

「…………」

 この人は、どうしようもなく優しい人なのだ。

 なんて――タチの悪いことだろう。

【鞠】

「……今年だけでなく、来年度も嫌がらせするつもりですか」

 粘り着いて。

 いっそ呪いのように。

【笑星】

「あはは……多分、誰がなっても会長のこと、放っておかないと思うな。こんなに凄いんだから。沢山アドバイスを強請ってくるよ」

 そんなことはない。

 ここまで私にしつこく近く迫ってくるのは。

 貴方ぐらいだ。

【笑星】

「そういうわけだから……頑張らないと。こんな壁に立ち止まってる暇は、無い!」

 筆記用具を持った。

 ……でもすぐに置いて、参考書を手に持って、唸り始める。

【鞠】

「寝なさい」

【笑星】

「この問題が完璧に終わったら!」

【鞠】

「……はぁ……」

 ダメだ。

 コイツは、ほんとダメだ。

 全くもって確定してすらいない、どうでもいい筈の未来がチラつく。

【鞠】

「――貸して」

【笑星】

「え――」

 持っていた教科書をぶんどって、ページを一気にめくる。

【鞠】

「コレ」

 で、テーブルに置いて見せる。

 彼が眺めていた場所から随分離れたページだ。

【鞠】

「導関数を使えば30秒で殺せる問題です。応用問題ではあるけど、実力試験で出たならラッキーと思わねばならない程度のもの」

【笑星】

「え……お、俺、その辺あんまり頭入ってない……」

 だと思った。

 というかだ。

【鞠】

「貴方の今解いてるこの問題集、ガチの受験を控えてる3年用のじゃないですか。つまり全てを学び終えてる前提。色んなテーマが混在していてもおかしくない。何でこんな身の丈に合ってないもん使ってるんですか」

【笑星】

「あ……えっと、知り合いの先輩から貰ったから……」

 節約か。

 しかしこのチョイスは悪手だった。本当に無駄な夜更かしをしただけ。

【鞠】

「完全に把握するというならこの領域を先に把握しなきゃいけない。それを貴方は一夜でマスターできるっていうんですか?」

【笑星】

「……無理です……」

【鞠】

「だから、今日は寝なさい。効率を意識するなら、睡眠は最重要項目です。どんな書籍を使って勉強するかも」

 置いてある本を全部、私の手で閉じる。

 強制的に終わりにする。

【鞠】

「……寝て。いいですね?」

【笑星】

「……はい」

 ……なんかもう、溜息も出ない。

 変な草臥れ方を感じながら立ち上がり……今度こそ寝ようと意識を戻した。

【笑星】

「鞠会長」

【鞠】

「……何ですか」

【笑星】

「……ありがとう。教えてくれて」

【鞠】

「…………」

【笑星】

「俺、絶対理解してみせるよ。導関数も! 全部!」

【鞠】

「…………」

 無言で去った。

 この時私は、こう確信していた。

【鞠】

「どうせ無理」

【ババ様】

「冷たい評価じゃの」

 ババ様が口出ししてきた。

 最近私が誰かと会話してる時は空気読んで黙ってることが多くなった。その分終了後にめっちゃ喋ってくるけど。今とかその一例になりそう。

【ババ様】

「敵扱いしてる割には、解せない干渉をしたもんじゃの」

【鞠】

「……私も、そう思います」

【ババ様】

「自覚はあっても、助けるんじゃな」

【鞠】

「…………」

【ババ様】

「ぬふふー。事務作業が多いのは詰まらんが、最近の鞠の観察はやっぱり楽しいのー」

【鞠】

「勝手に観察しないでください。というか貴方と出会ったのだって最近じゃないですか」

【ババ様】

「じゃな。最初からずっと、鞠は面白い」

【鞠】

「…………」

 私は面白くない。

 本当に……面白くない。

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