8.01「才」

あらすじ

「はい、殺意タイムどーぞ」砂川さん、また1つ才を発揮します。作者はよく表現が狂ってるって友達から褒められます8話1節です。

砂川を読む

Day

9/10

Time

21:30

Stage

鞠の寝室

 私、砂川鞠という人間は実に不器用な動物だと思われる。

 どんな動物だって、休息を必要とする。当然人間にだって、私にだって。何より休ませなければいけないのは脳だろう。

 長い時間コンピューターを運動させ続けると熱暴走して何か変な事になるのと同じ。思考回路は酷使し続けるとどんどん熱が籠もり溶けて、何か変なことを考えたり行動に起こしたりするようになる。或いは思考判断すらできなくなって、お酒も飲んでないのでフラフラ歩いて電柱や人にぶつかったりね。

 だからクールダウンというのは重要。これはこんなにズラズラ説明するまでもなく当然のこと。

 ……ただ、私はどうやらコレが苦手なようだった。要らない情報を過度に意識し、思考してしまう。たとえ「どうでもいい」と思っていても、勝手に眼は情報を映すし耳は情報を吸い集める。そして勝手に脳は回る。

 疲れ果てて、布団に入って意識をシャットダウンするまで基本的に私の感覚は常に運動し続けているのだ。その意味で私は息抜きの方法を持たないし、故に不器用と云わざるを得ないのだ。

 ……ただ、そんな私にも1つ例外と呼べることはあり。

【鞠】

「……………………」

 それが、この時間だった。

 ……別に、好きなわけじゃない。子どもの頃から手に触れてきたし、馴染んでいるものではあるけど、私の人生において大して特別な意味を持ってこなかった、「特別」。

 構えると、自分の呼吸を忘れる。

 弦に弓が触れると、全てを忘れる。

 私は大してこの忘却の時間を好んでいるわけではない。

 しかし事実としてこんな私だから、この忘却の時間には意義があり。

 この真空に、余計なものは存在しえない。故に――私は何も考えずに済む。いっそ……私すらも――

【和佳】

「ほぇーー……」

 ――ん?

【鞠】

「…………?」

 ぱちぱちぱちぱち。

 拍手音が鳴っていた。

 それに気付けたのは、その時間が丁度終わっていたからだろう。

 両肩脱力させ、後ろを振り向く。

【鞠】

「……いつの間に」

【汐】

「アンコール\(~o~)/ アンコール\(~o~)/ アンコール\(~o~)/」

【冴華】

「またとんでもないものを目撃してしまったわ……」

【和佳】

「鞠様、凄い……!」

 呼んだ覚えのないお客様が3名いらしていた。因みに此処は私の寝室だ。

 当然のようにこの部屋は防音が整っているので、深夜に楽器を鳴らしたところで他人の熟睡を邪魔しない。

 まあ完全に遮音するものでもないから、きっと廊下を歩いていたら何か聞こえてきたからお邪魔してきたってところだろう。

 ていうか椅子まで用意してきてるし。それでも気付かない私も私だ。

【汐】

「やっぱり鞠のバイオリンはダンチですねー。心が浄化されるような、至極の時間でした……」

 そのまま全て浄化されていっそ気化しちゃえばいいのに。

【冴華】

「圧倒的学力に加えて仕事スキル、剰えバイオリニストですか……流石一峰の令嬢、才能の数が違う……」

【鞠】

「貴方だってもう一峰の令嬢じゃないですか」

【冴華】

「貴方と同じ括りは少なからず肩身狭いですね……」

【鞠】

「ていうか私、パパに比べたらそんな才能無いと思いますけど」

【冴華】

「その謙遜は、絶対余所ではやらない方がいいですからねッ!」

 謙遜じゃなくて事実なんだけど。

【汐】

「というかパパ様とは全然タイプ違いますもんねー。ホントに血繋がってんのかって思うくらいに」

【冴華】

「それも云っちゃダメですよ汐さん……特に兵蕪様の前で云ったら多分泣きますからあの人……」

【汐】

「あの人、抑も優秀なのかどうかも怪しいですからね」

【鞠】

「いや優秀でしょ。この家が証拠です」

【汐】

「まあそうなんですけど。優秀ですよ? それは間違いないんですけど、それを色々な面が台無しにしてる感もあってですね。要は周りの部下がフォロースキル含めて優秀なので、遺憾なく本人の優秀さも発揮できたって感じ」

【冴華】

「ああ、六角先輩タイプね……(←腹痛)」

【和佳】

「お姉ちゃん、大丈夫?」

【冴華】

「あの人はあの人で、私を大変苦しめた天敵ですからね……」

 確かあの後先考えない主義の元会長の皺寄せを最も引き受けたんだっけ。

 私はたいしてあの人に直接嫌がらせされたわけじゃないが、そんなのされたらきっと私も腹痛になるんだろうなとか思う。

【汐】

「対して鞠は、独りで何もかもやっちゃうタイプですね。コッチ来て随分覚醒しちゃったみたいですけど」

【冴華】

「やっぱり多才じゃないですか」

【汐】

「ですよねー。お姉ちゃんも何度かそう意見したことあるんですけど、この子曰く、ある程度努力を積んだら人並み以上にはなれるらしい才能と、その努力を積む才能があるだけ、とのことですよ。はい殺意タイムどーぞ」

【冴華】

「……………………(←睨)」

 どうやら顰蹙を買う発言だったらしい。

 いやほんと私的には当たり前なことを云ったつもりだったんだけど。

【和佳】

「じゃあ、和佳も練習したら、鞠様みたいにバイオリン弾けるかな?」

【鞠】

「……他のことについてなら意見できますけど、コレについては何も云えません」

【和佳】

「え?」

【汐】

「バイオリンに関しては、例外だって鞠も認めてるんです。実際例外ですし」

【鞠】

「私、正直全然練習した記憶無いんです。いつの間にかこうなってました。なので練習過程のアドバイスは何もできません」

【汐】

「はい、殺意タイムどーぞ」

【冴華&汐】

「「……………………(←睨)」」

 いやだって本当のことなんだもん……。

【和佳】

「じゃあ鞠様の本当の才能は、バイオリン?」

【鞠】

「バイオリニストになるつもりはありませんが、現在私の存在が一番評価されてるのはこのアーティストとしての名前ですね」

 勿論、全く練習してないなんてことはない。才能発掘的な感じで家庭教師さんに色んな楽器を持たされた幼少時代。「そんなことより昼寝してたいな」とか思っているうちに、きっとバイオリンとの出会いは果たしてしまったのだろう。

 で、どうやら私はバイオリンが圧倒的にセンスあるとのことで、猛特訓が始まった……らしい。

 何でそんな曖昧なのかというと、覚えてないから。確かに猛特訓したらしい、それは家庭教師さんも証言している、私も疲れた記憶ぐらいはある。だけど、練習中のことはもうほぼ何も覚えてない。

 「忘却の真空旋律姫」とかいう恥ずかし過ぎる私はその時既に生まれていたということだ。

【汐】

「砂川家って何か音楽の才ある人多いらしいですよ。あの兵蕪様ですらチェロの使い手ですからね」

【冴華】

「……一応ピアノは弾けるけど、もうちょっと練習しておいた方がいいかしら……」

【汐】

「ピアノ弾けるんですか?」

【冴華】

「ピアノは地頭を磨くのに最適だと教えられたので。幼少の頃はずっと教室に通いました」

 動機がいちいちシリアス。

【和佳】

「あ、和佳も何か音楽やらないと……」

【鞠】

「多いってだけで全員そうなわけじゃありません。無理せず今は自分のやりたいことをのびのび探して手を伸ばせばいいです」

【和佳】

「は、はい……!」

【ババ様】

「にやにや」

 ……左眼が笑ってる気配がする。

 特に明確な意味はないけど、何となく蠅叩きな感じで左眼を叩いてみた。

【ババ様】

「うわビックリしたぁ!? あと痛い!!」

【鞠】

「そりゃ痛いでしょう。私が痛かったんだから」

 眼はやっぱり叩くものでも殴られるものでもないなって再確認。

【汐】

「それにしても、久し振りにみましたね。鞠がそれを持ってる姿」

【鞠】

「…………」

 メイドに指摘されて、確かにって思った。一体何ヶ月ぶりだろう。下手すれば1年振りぐらいかもしれない。

【汐】

「もしかして、バイオリン愛に目覚めました? 個人的にはバイオリンよりもお姉ちゃんに目覚めてほしいですけど、応援はしますよー」

【鞠】

「別に。ただ今度の文化祭関連で、武蔵大にて演奏しなきゃいけなくなったので」

【冴華】

「武蔵大!? あの一流大学の学祭は確か世界の大御所がわんさか遊びにいらしてたような……」

 どうせ原石探しでもしに来てたんだろうけど。或いは企業のイメージアップ戦略か。

【冴華】

「学祭とはいえ……結構、お金稼げるのではなくて?」

【鞠】

「報酬とかは特に聴いてません。ただ、ワークショップの盛り上げ役らしいので、要は前座ですね」

【冴華】

「前座ですね、って……あくまで私の感覚ですが、紫上学園で前に立つのとは次元が違うのでは? 世界に見られているのと同じなのですよ?」

【汐】

「そんなの慣れっこですよねー。一体どんだけ賞金を総なめしたことか」

【冴華】

「あ……そうなんですね……あれ、また格差が……」

 勝手に落ち込んだ。

【和佳】

「鞠様、世界レベル……!」

【汐】

「学生でここまでお金稼いでる人、そう居ませんよー。アルバイトじゃ太刀打ち不可能です」

【和佳】

「あ……もしかしてあの小切手――」

【鞠】

「表彰状とか見ます?」

【和佳】

「あ、見たいです!! えへへ……鞠様、凄いなぁ……!」

【汐】

「……??」

 あっぶなー……小切手のことメイドにバレるのはちょっと怖い。

 別に怒られるからとかじゃなくて、普段無駄に金を捨てるなと云い聞かしてる本人が金を捨ててる行為してたら絶対この人は見逃さないもん。絶対弄ってくるもん。

 咄嗟のアドリブ、私も多少成長したということか。でも表彰状見せることになっちゃった。

【和佳】

「あれ……でも賞状、何処にも飾ってないですよね……?」

【鞠】

「仕舞ってるんです」

 本棚の最下段端っこに挟んであるポケット式のクリアファイルを引っ張り出す。

【冴華】

「え……クリアファイル!? それに収納してるんですか!?」

【和佳】

「えっとー……あ、ワールドバイオリニストって書いてある」

【鞠】

「全國屈指のバイオリンアーティストと物好きな組織が勝手に認定してきたやつですね。あれです、人間国宝的な意味合いなんじゃないかと」

【和佳】

「こっちは……ワールドバイオリンアーツ、ジュニア優勝って書いてある!!」

【鞠】

「まあバイオリニストの全國大会みたいなものです。別にオーケストラでやってるわけでもないのだから、こんなの競うものでもないでしょうに」

【冴華】

「今すぐ額縁に入れて飾りましょう!? ね!?」

【汐】

「そうですよ鞠ー! そんな百均で売ってそうなファイルに詰めてるって主催者さん達聴いたら気絶しますよー」

【鞠】

「いやこのクリアファイル見た目はシンプルですけど可成り高機能ですから」

 驚きの酸化防止機能、その謳い文句は「1000年後もこのまま」。まあ百均だけど。

【和佳】

「へー……ふええ……うわー」

【汐】

「ふーーん……ほーーー……うっふふー」

 私的には大して価値の無い紙をビニールポケットを通して閲覧していく3人。

 ポケットはまだ半分くらい余っていた。一生涯、2冊目を買う必要はなさそうだ。

【冴華】

「どれもこれも、規模の大きな大会ですね……もっと自分が凄いというのをアピールすればよいのに」

【鞠】

「そんなことしたら目立つじゃないですか」

【冴華】

「…………」

【和佳】

「……あれ? まだある」

 未使用の半分を何故かぺらぺら捲ってた妹さんが、何かを見つけたようだった。

【鞠】

「え……?」

 別に数は覚えてないけど、私敷き詰めて入れるタイプだと思う。だからもう――

【和佳】

「あった! 一番最後のページ」

【汐】

「ん?」

【冴華】

「……これは」

表彰状

 ――ああ……。

 そうだ。そういえば。

 確かに……入れた覚えが、うっすら残ってる。

【和佳】

「コレ……何だか、他のとは違うね」

【冴華】

「手書きですね……手抜きなのか凝ってるかいまいち評価に悩みますが」

【汐】

「私、これ知りませんよ鞠?」

 それは当然知らないものだろう。

 私がどういう心情で、一番最後のポケットにそれを突っ込んだのかは分からない。

 だけど私にとって恐らくその紙は……

【鞠】

「忘れてた……だから附いて来たのかな……」

【汐】

「鞠?」

【鞠】

「捨ててやろうかな」

【冴華】

「え、捨てるんですか!? 結局何なんですかコレは!」

【和佳】

「ダメだよ鞠様、立派な表彰状だよ! 色づけとか、すっごいしっかり丁寧にやってるよ。だから、大切にした方がいいです……!」

【鞠】

「…………」

 そう強く云われては、仕方無いか。

 ……唯一かもしれない、あの人との思い出の品。

 できれば見たくは、思い出したくはなかった……。

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