7.35「回想:穴無き椎名」

あらすじ

「オメルタは――まだですか」四粹くん、回想。「ファミリア(ギャングスタ)」「オメルタ」についてはネットでウィキっとくと相当理解の助けになると思います7話35節。

砂川を読む

* * * * * *

 ――物心がついていた頃には、もう僕は其処に立っていた。

 ならば、僕の居場所は、僕の世界は其処だ。

 沢山の大人が――家族ファミリアが僕を見詰めた。

 色んな人たちがいた。僕に優しく接する者たち。また厳しい者たち。僕が知れたのはその程度の違いだが、実際にはもっと沢山の違いや癖があっただろう。

 しかしそんな彼らの共通点を1つ、僕は知っていた。それは、頭――父さんのことを畏れていたということ。

 血生臭く、暗い世界。

 遅れることは赦されず、行き戻りする死と隣り合わせの世界。

 コレこそが――僕の家だった。

【玖珂さん】

「遅い、コンマ1秒を侮るな」

【四粹】

「ッ――!」

【玖珂さん】

「周囲への警戒が散漫している。帰るまでが仕事だ、全てを零れ落とすな」

【四粹】

「ッ――ッ!!」

 働ける者にならなければならなかった。

 僕は、父さんの跡を継ぐからだ。

 だから、ずっと訓練の日々だった。

【玖珂さん】

「……その感覚を忘れるな。つっても、培うべきは本物を狩る感触だが」

【四粹】

「――はい」

 如何に接近するか。如何に標的の息の根を止めるか。如何に撤退するか。

 幾百のケーススタディーを網羅し、復習し、身体に叩き込む。

 早く……辿り着きたかった。玖珂さんの領域に。

【四粹】

「早く――」

 認められなければ、ならなかったから。

【玖珂さん】

「……若頭、もう何度も云ってるが……それは、天賦の才だ。あと2,3年もすれば俺なんか越えるだろうさ」

【四粹】

「…………」

【玖珂さん】

「資格は充分、それが教育係として下す評価だ」

 だけど。

 僕に、資格は不充分だった。

 玖珂さんはそう云ってくださったけれど、他の方々は違う。

【組織員】

「おはようございます、若頭」[/voiceg]

【四粹】

「おはようございます」

【組織員】

「…………」[/voiceg]

 僕は、抑も「若頭」として彼らから認められていなかった。

 実務に必要な能力は素養されている。それでも。

 理由は、簡単だ。

【四粹】

「玖珂さん」

【玖珂さん】

「ん、どうした若頭」

【四粹】

「オメルタは――まだですか」

【玖珂さん】

「……まだ、早いわな。早くとも、学生じゃなくなるぐらいか」

【四粹】

「そう、ですか」

 若すぎるから、だ。

 此処で最も大切にされているのは、「血の掟」。心血を共にしていない人間は組織員にはなり得ない。その重鎮などもってのほか。

 だから、僕は異例だった。

【玖珂さん】

「何だ、手に穴開けたいのか? あれ普通に痛えぞ?」

【四粹】

「……若頭である為には、覚悟の上です」

【玖珂さん】

「まったく……あの親父さんは何考えてやがるのやらね。よりによって世襲を選択するとは。まぁ適性ありと判定してる俺はもう反対しねえが」

 僕が次代の「若頭」だと父さんは云った。だから僕は玖珂さんの教育を受けてきた。

 しかしその父さんの決定は、多くの彼らにとって不服だった。

 父さんは強い。だから誰もその決定を覆そうとはしなかった。だからといってそれは僕が認められることを意味しない。オメルタすら通過していない僕が、彼らから信じられるわけがないから。

 僕は、時間が過ぎるのを待つしかなかった。

【少年】

「椎名って、誰とも遊ばないよな。放課後、何してんの?」[/voiceg]

【四粹】

「……それは、秘密です」

【少年】

「えー何でよ」[/voiceg]

【四粹】

「特に理由はありません。けど秘密です」

【少年】

「ミステリアスだなー椎名は」[/voiceg]

 昼は地上社会で学園に通い……夜は若頭としての力を身につける。

 その繰り返し。それが僕の日常。

 僕の道。

 不満は無かった。

 父が望むなら。彼らに臨まれるなら。

 ……中に、入れるならば。

【少年】

「椎名の家とか遊びに行きたいなー」[/voiceg]

【四粹】

「い、いや、それは無理です……」

【少年】

「何処にあんの?」[/voiceg]

【四粹】

「秘密です……」

 ただ、地上社会で1つ……予想していなかった出来事があった。

 今思えば、それは全く自然なこと。

 ……人と関わるということ。

【少年】

「椎名は変だなーほんと」[/voiceg]

【四粹】

「……すみません」

【少年】

「別に謝んなくても。何も悪いこと、してないのに」[/voiceg]

 友人ができたということ。

 特に何かをしたつもりはない。進んでコミュニティに参加した覚えもないい。ただ、それでもどうしてか……僕には、地上社会で友人ができていた。

 放課後までの、とても短い時間だけど、彼とよく時間を共にするようになっていた。

 それは予想外で、未知的で……

【玖珂さん】

「別にいいじゃねえか、友達。大事にしろよ」

【四粹】

「……しかし」

 僕にとって大事なのは……

【玖珂さん】

「地下社会で生きていく為には、地上社会をよく知りよく感じておくことだ。ここの連中だって、表じゃ各々色んな人間関係を持ってる。友人を持ってる。だから……お前も、な」

【四粹】

「…………」

 事実として。

 僕は……その明るい世界に。

 惹かれていた。

【少年】

「へー、椎名は物知りだなー。頼りになるよ」[/voiceg]

【四粹】

「そうでしょうか」

【少年】

「ああ。椎名は頼れる。きっと、皆から頼りにされる凄い奴なんだよ。もっと、皆と友達になればいいんじゃないかな」[/voiceg]

 彼との時間。

 友人と過ごす昼間の地上が、少しずつ……心地良いものだと。

【四粹】

「……そう、でしょうか」

 僕の――居場所は……

【???】

「オイィ……テメエ、何見てんだよ――このガキぃ!!!」

【少年】

「え……えぇぇ!?」[/voiceg]

【四粹】

「ッ――!!」

 事件が起きた。

 彼が、胸ぐらを掴まれた。

【少年】

「がっ――!?」[/voiceg]

 殴られた。

 大人の本気の拳に、彼の生命の危険を感じた。

 ――だからといって、だ。

【四粹】

「――――」

 僕の培ってきたモノは、この昼の景観に、準備もなく、表に出てはいけないことだと僕は何度も復習した筈だ。

 それは違反だ。

 違反、なのだ。

【???】

「ッ――?」

【少年】

「え――」[/voiceg]

 ――僕は、違反した。

【???】

「――――――――」

【四粹】

「…………大丈夫、ですか――」

【少年】

「ぅ……ぅ、あぁぁああぁぁあ――!?」[/voiceg]

【四粹】

「……! …………」

 僕は。

 「血の掟」に違反した。

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