7.33「何も考えず」

あらすじ

「“真実”を見逃すな。今お前が奥底からやりたいことを――その衝動のままに」砂川さん、悩み苦しみそして決めます。33節、これより7話は一気に終局へ向かいます。

砂川を読む

Time

22:30

Stage

砂川家 鞠の寝室

【鞠】

「…………」

 ベッドにダイブ。

 身体を包まれながら、お供のアルスを起動……だけど特に何か確認したかったわけでもなく。私も立派なアルス中毒か。

 取りあえず天気予報を開く。

【鞠】

「……うわ」

 あんまり気にしてなかったけど、台風、中央大陸に上陸か。

 革肥は直撃しても頑丈な家ばっかりなのでまぁ問題無いだろう。蛙盤の河川は氾濫しないか心配。つまりはいつもと交通の勝手が変わってて登校に支障が無いかがね。

 明日の朝にはもう大陸からおさらばして解散しているっぽい。暑くなりそうだ。

 一週間の天気をざっくり眺める……。

【鞠】

「……………………」

 ……けど、抑も何もかもが全然頭に入ってきてない感じ。

 今入る情報はすぐに、頭を支配している過去の映像に追い出されていた。

* * * * * *

チクリとした痛み

【和佳】

「――――」

【兵蕪】

「――――」

* * * * * *

 さっきの、一瞬の笑顔が、笑い合う2人の姿が貼り付いて、離れない。

 離しても、剥がしても、消えない。

 笑いかけるパパが。

 笑うあの子が。

【鞠】

「…………はぁ」

 アルスを放り投げる。ベッドが受け止める僅かな音が聞こえた。

 ……良いことじゃないか。

 客観的に考えてこれは希望的な出来事だ。

 両親はどこまでも屑で、それがこれから表社会に晒されて学校にも行けない状況になっていて、唯一心を許せる姉は凄惨な目に遭ってきて。

 絶望し続けていた少女は、この家に来て……笑った。

 これから彼女は、少なくとも今までよりはずっと楽しい日々を迎えられるようになるのではないか。

 良いことじゃないか。

 私だってそう思う。

 そう思う、のに。

【鞠】

「……………………」

【ババ様】

「鞠……何か悲しいのか?」

【鞠】

「何か、察知したんですか」

【ババ様】

「鞠の感情まではワシは共有しておらん。故に、ババ様の勘じゃ」

【鞠】

「そうですか」

【ババ様】

「……あまり、無理するものではないぞ。鞠の心は、鞠だけの問題じゃなくなっとるのじゃから」

【鞠】

「分かってますよ」

 と、云われてもな。

 無理なことをしてるつもりもないし、やらなきゃどっち道終わりなんだから。

 疲れた……もう、いい時間だし寝てしまおうか。

 どうせ、明日も私は疲れるんだろうから――

【アルス】

「~~♪」

【鞠】

「ッ……!」

 布団に潜るのも忘れて瞼を閉じた、その時。

 アルスが着信音を鳴らした。

 ベッドを這って、のろのろと旋回して……音の在処を手で探る。

 キャッチし持ち上げて、仰向けのまま、切り替わった画面を見る。そこに表示されていた、着信相手は――

【鞠】

「――!!!」

 一気に起き上がる。ガバッ、頭がクラッとするぐらいに。

【ババ様】

「な、何じゃ鞠~~……」

【鞠】

「もしもし」

【謙一】

「― 夜分遅く、悪いな。生きてて何よりだ ―」

【鞠】

「……1回ヤバかったですけど、先輩の送ってくれた傭兵が優秀過ぎて助かりました」

【謙一】

「― すこし長くなるけど、いいか ―」

【鞠】

「待ってました」

 そう、ずっと待っていた。

 いつだって、自分の切り札。

 あらゆる困難をも斬り壊す最強の貴方を。

 ……ただ、今回に限っては、真相に近付くのは、私の方が早かったようだけど。それらから導かれる先輩の推測の精度は、私なんぞよりも遙かに高い。

 究極の、正解。

【謙一】

「― ……てな具合だ ―」

【鞠】

「……そう、ですか」

【謙一】

「― 砂川――もしかしてお前、ある程度はもう知ってたんじゃないか? ―」

【鞠】

「一応、こっちでも調べてはいたんです。期待はしてませんでしたが……予想外にも」

【謙一】

「― タレコミさんが来てくれてやっと導き出したってのに……そっか……じゃあ、分かってるとは思うが、結論は――玖珂を探すことだ ―」

【鞠】

「はい」

【謙一】

「アイツが今どうなってるのか、アイツ自身が何を考えて行方を暗ませているのか、それを把握することが最優先だ」

【鞠】

「分かってます」

 長期戦に臨む為の最低条件、それが彼を学園に戻すことだったけど。

 そんなものじゃない。

 今回の事件の中心にいるのは――彼なのだ。

 そんな、重大な考察の考え合わせ……それも、ちょっと私の頭にはあまり入ってきてない感じがして。

 今は、それよりも……

【鞠】

「……先輩」

【謙一】

「― ん? ―」

【鞠】

「私にとって……先輩は、家族ですか?」

 明らかな話題転換。

 不自然にも程がある……けど、先輩は文句を云わなかった。

【謙一】

「― それって、俺じゃ分かんない気がするんだが ―」

 当然だ。

 そんなの私が決めることなんだから。

 だけど、その私が、分からないから。

【鞠】

「家族っていうのが……今、分からなくなってて。先輩は、大切にしてますよね、妹を……色んな人たちを」

【謙一】

「― まあ、な ―」

【鞠】

「……私は、ずっと、先輩が居てくれるなら、このままでいいって。寧ろこれ以上は要らないって。だって先輩が私の幸せで、それ以外は……不幸を、持ってくるから」

【謙一】

「― ………… ―」

【鞠】

「だから、絶対に欲しくないんです。私にはもう――必要充分が、揃っているから」

 今、語ることではないと思う。

 だけど語らずにはいられなくて。

 私が唯一、曝け出せる相手であろう、人が今聴いてくれるから……。

【鞠】

「……最近、色んなことが、ありすぎて。色んな人が私に関わってきて。その人たち皆、異なる家族を持っていて。それで、苦しんでて、傷を負ってて」

【謙一】

「― 砂川…… ―」

【鞠】

「先輩……家族って、何なんですか――?」

 だから、口に、外に自分の心情を出してみて、私も新しく気付くことがある。

 アルスを持つ手が震えている。声も震えている。

 ……怯えている。

 私は――何かに、底知れず、恐怖している……。

【鞠】

「先輩……」

 揺らぐ必要の無い私が、私の道が、揺らいでいる。

 これまでの私が、腐っていく――

 先輩が、まだ来ていないのに。

 私が――

【謙一】

「― ……気にしなくて、いいんじゃないか? ―」

 先輩は――答えを示した。

 私の崩落を、私の時間ごと停止させる言葉を。

【鞠】

「っ……え――?」

【謙一】

「― お前が、相当追い詰められてるってのは分かった。全部が全部ってわけじゃないけど、どういう構造でお前が傷付いてるのかも、推測できてるつもりだ。その上での、俺なりの考えなんだけどさ ―」

 相変わらず、優しいその声のまま。

 私に語りかける。

【謙一】

「― 家族なんて、定義は人それぞれだし、何より結果でしかない。関わって、いつの間にかそうなっていくもんだろ。俺の妹とか、経歴凄まじいし ―」

【鞠】

「勝手に、ですか」

【謙一】

「― 人間何億居ると思ってんだよ。どう頑張ったって、孤独になんかなれやしない。関わっていくしかない ―」

【鞠】

「先輩は……じゃあ、私の考え方は、否定するんですね」

【謙一】

「― そういうわけでもないさ。お前の気持ちは……お前が俺のこと分かってくれるぐらいには、俺も分かってるつもりだから。お前が、もうこれ以上人とえらく関わり合いたくないのは、尊重されていいことだと思う。勝者の道に居るなら尚更、さ ―」

【鞠】

「なら――」

【謙一】

「― だけど、砂川。俺は……お前の眼から見て、幸せか? ―」

【鞠】

「ッ……」

 それは――

【謙一】

「― 俺は、幸せになれるような人間か? 俺は、お前に幸福を限界値まで与えられる存在なのか? ぶっちゃけ俺は……そうは思ってないんだよ。前科がある。今も生き続けてる。俺は改善しようもなく……最低な先輩、だからさ ―」

【鞠】

「そんなことッ!! 先輩は……先輩だって、被害者じゃないですか……ッ!」

【謙一】

「― ……歪んでるよ。どいつもこいつも……この世界自体が、いつだって俺たちの予定を狂わせるよう出来ている。だから……気にしたって仕方無いんじゃねえかなって ―」

【鞠】

「……先輩……」

【謙一】

「― 俺が出来ることは、何でもやる。もう二度と、お前を裏切らない。お前の盤石の道を守る。だけど……未来がどうなってるかなんて、どの程度幸せになってるかなんて、結局その時にならなきゃ分かんないよ。ならさ――1回、好きなようにやってみてもいいんじゃねえか? 何にも、周りのこととか、今までのこととか、道とか何も考えずにさ ―」

【鞠】

「…………」

【謙一】

「― “真実”を見逃すな。今お前が奥底からやりたいことを――その衝動のままに。ソレこそが、勝者の理の真骨頂じゃねえかな ―」

【汐】

「――鞠!!」

【ババ様】

「うお!?」

 ……ノックも無しに、メイドがドアを蹴り破ってきた。

【汐】

「玖珂くんが、目撃されました!!」

 開戦の報せを携えて。

【鞠】

「――位置情報は」

【汐】

「水上区です、今も把握しています。が……もうすっごい天気ですけど、大丈夫なんですかね」

【鞠】

「行きます」

 ベッドから起きて、片手でクローゼットを開けた。

【汐】

「……マジですかー……行ちゃーーん!!」

 メイドが走って行った。

【鞠】

「……先輩」

【謙一】

「― 何だ ―」

【鞠】

「先輩と一緒に居たいです」

【謙一】

「― ……いきなり、どうした? ―」

【鞠】

「コレは……この感情だけは、絶対に手放しません。コレが、私の一番、大事なものだから」

【謙一】

「― ………… ―」

【鞠】

「家族とか……どうでもいい、ことだから」

 ……貴方がそこまで云うのなら。

 私にとっての勝者である貴方が私にそう云うのなら。

 ――もう、知ったことか。

【謙一】

「― ……ちょっと前言撤回 ―」

【鞠】

「はい?」

【謙一】

「― 砂川みたいな後輩がそこまで好いてくれて、俺はたいそう幸せだよ ―」

【鞠】

「……嘘つき」

【謙一】

「― 何でだよ ―」

【鞠】

「先輩、まだ恋愛戦争真っ只中でしょ。それ終わらせてから云ってください」

【謙一】

「― ……心広すぎ。浮気性の旦那にはなりたくないんだけどな、砂川的にはセーフなわけ? ―」

【鞠】

「嫉妬はするんじゃないですかね」

【謙一】

「― お前の嫉妬は何か、怖そうだな…… ―」

 通話を続けながら、着替えを済ませる。

 ……ていうか制服着てた。まぁ、いっか。どうせこんな時間だし、荒天だ。誰も気にしないだろう。

【鞠】

「……先輩、行ってきます」

【謙一】

「― 玖珂が見つかったんだったか。これから……どうするつもりだ? ―」

【鞠】

「特に決めてません」

 私らしくないノープラン。

 だけど、必ず今、水上に私の掴むべき“真実”がある。だから――行く。

 そして、必ず。

【鞠】

「全部――終わらせる」

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