7.32「約束を守る」

あらすじ

「……行ちゃん、一緒にご飯、食べましょうね」砂川さん、新しい親子を見守ります。作者が云うのもなんですが、ピリッと切ない7話32節。

砂川を読む

【汐】

「すみません、セイレーン見てました?」

【鞠】

「別に見てませんけど……何か、副会長の居場所とか考えでも湧いたんですか」

【汐】

「いえ何も」

 何じゃそりゃ。

【汐】

「すいません、話し合いたいというのはほぼほぼ嘘でして……本当は」

 メイドが、ちょっとだけ開いてるリビングのドアの方を指差す。

【鞠】

「…………」

 ドアの隙間から、リビングを覗き見る。

【兵蕪】

「――――」

【和佳】

「――――」

 残された2人が、セイレーンを見ていた。

 ……なるほど。

【鞠】

「あの父親に慣れてもらおう、ということですか」

【汐】

「そういうことです」

【行】

「……薄々勘付いてはいましたが、彼女は兵蕪様と血が繋がってないのですね」

【汐】

「あ、そういえば姉妹のことについては行ちゃん、知らないんですね」

【行】

「依頼はスーキュア残党の殲滅、ですから」

 ……話し合いするって云って出たのに会話が弾んでいない。

 私とメイドがチラチラと中の様子を心配するばっかりだ。

【汐】

「……行ちゃんって、シナみたいなところで育ったんですか」

 そんな怪しい時間に飽きたのか、メイドが話題をプロさんに投げた。

 ……さっきの夕食の時の話題だ。

【行】

「そうですね……厳密には、全く異なります」

【汐】

「あれ、でもさっき」

【行】

「我々のようにシナのことをよく知ってしまった面子なら理解出来るでしょうが、それ以外には難解以前に無駄な解説です」

 子どもにする話じゃないのは明らかだし、ざっくりまとめて濁したのは正しいだろう。

【行】

「私の所属していたファミリアは、寧ろ人を殺す機械になることを目指しました。余計なモノを全て削ぎ落とし、極限の無の中で仕事をすることが最効率であると」

 何かもう私達とは次元が違う生活環境である。

【行】

「シナはもっと、人間臭いお家なことが今日分かりましたね。仲間が死ねば他の全てを差し置いて報復に動くことは知ってましたが、家族員の誕生日会だってやる。酒を、薬を、女を……家族を愛する、そんな組織だということが」

【汐】

「でも、行ちゃんあのノート読む前からシナについてはだいぶ詳しかったですよね。敵の動き方の予測とか完璧なんでしょ」

【行】

「それはまあ、一応職業柄というのもありますし、それに」

【汐】

「それに?」

【行】

「私の居場所ファミリアを報復で壊滅させた連中ですからね」

【鞠&汐】

「「…………」」

 地雷踏んだ。

 しかし相変わらず飄々と笑いながら彼女は喋り続ける。

【行】

「まあ、地下社会でしか生きられない人間は処されて死ぬか、陰謀や報復で死ぬか、が大半。珍しいことではない。それに機械に復讐心などありませんから」

 “家族”を殺されたことは、何とも思ってないと語る。

【汐】

「機械、ですか……でも行ちゃん、そんなところで育ってきた割には、話してて結構面白いですけど」

【行】

「当たり前ですよ、人間は機械じゃないのですから」

 この人も結構自由な性格してるのかもしれない。

【行】

「種と一括りにされてはいますが、全て全く異なる生物です。何かを思わずにはいられないし、何かを考えずにもいられないし、また何かを求めずにもいられない。救いようのないほど、人は各々独我的です。それを分かっていたシナに、最効率を見誤っていた我々が勝てる筈もなかったということ」

【汐】

「あっさりしてるんですね」

【行】

「敗者は学び、チャンスがあるなら這いつくばることぐらいしかできませんから。ということで私は運良く道が続いていて、今も生きている。それだけのこと」

 私と比べてもずっっっと地獄を歩いてきた人は、何でもないように笑っていた。この人は、自分と同じ人間なのだろうか。いや、この人曰く、同じ人などいない。あまりに立っている場所が違い過ぎる……私達は、異なり過ぎている。それを痛感するに充分なエピソード。

 ……そんな人と、パパは一緒にご飯を食べようと云っている。矢張り莫迦か。

【行】

「汐は、家族は居ないんですか。どうやらこの家に住み着いているようですが」

【汐】

「いますよーしっかり。行ちゃんと違って、私は順風満帆、のんびーり過ごしてきましたからねー」

 それは見てれば分かる。

【汐】

「食べたいものがあるならお金を稼いで買えばいい。行きたいところがあるならお休みの日に行けばいい。やりたいことがあるなら、全部やりましたし」

【行】

「……なのに、ここで働いているのですね」

 私の眼には、この2人は何だか対照的なように思えた。

 平和ボケしてる人間と、現実をしっかり生きてる人間。

 今更だけどこの2人結構スムーズに会話繰り広げてるけど、相性悪くはないのだろうか。

【汐】

「何か気になるんですか?」

【行】

「そうですね。正直、貴方がどうしてここでひっそりとメイド業をしているのか、疑問を抱かずにはいられません」

【鞠】

「いや、ひっそりはしてません」

 一応注意は入れたけど、どうでもいいことではあるんだろう、彼女は続ける。

【行】

「メイド服は似合っていますが、貴方の能力を評価した場合――」

【汐】

「1つ、欲しいモノがあったから、ですかね。どうしても欲しいモノが」

 メイド、こっち見た。

【鞠】

「…………」

 まあ……そういうことだろうな、と思った。

【汐】

「しかし、今まで簡単に自分の欲を満たせてきたというのに、それだけは……どうしても手に入らなくて、困ってます」

【行】

「ふふっ……なるほど。自由ですね」

【汐】

「羨ましいですかー?」

【行】

「いえ、特には。貴方には貴方の自由がある。私は私で、私の自由がある。私達は違う者同士です」

【汐】

「ほーんと、全然違いますよねー! 私達も……そして」

 メイドは、またリビングを覗いた。

【汐】

「あの、親子も」

【鞠】

「あ――」

【和佳】

「――――」

【兵蕪】

「――――」

 さっきはテレビの方を眺めていた2人だが、今は会話をしているようだった。

 どうせパパが一方的に、と思ったけど違う。

 あの子が、何かを喋っていた。それをパパが聴いている。

【ババ様】

「……読唇してみたが、「お姉ちゃん」的なこと云っとるの」

【鞠】

「…………」

 そう、今はもう形式的に親子。

 だけどお互いの溝は深い筈だ。

 あの子は最悪の両親の姿を記憶に刻みつけている。部外者が何と云おうと、彼女にとっての親とは、そういう存在だ――。

 そしてパパも……私を今までずっと家政婦や家庭教師に預けてきた。私は特にそれを気にしてはないけど、パパは随分気負っていた。

 ……この2人が、寄り添えるとはあまり思えなかった。

【和佳】

「――――」

【兵蕪】

「――――」

 だけど、相変わらず。

 パパは笑っていた。

【汐】

「……行ちゃん、一緒にご飯、食べましょうね」

【行】

「え……?」

【汐】

「あの人は、鞠を放置しちゃう酷い人ですけど……私が知る限り、約束を反故にしたことは一度もありません。だから……本気ですよ、我らが家主様は」

【行】

「……それは…………物好き、ですね」

 コソコソと話をしているこちらの2人の一方で。

 ソファを座り直して、最早テレビを無視して会話に打ち込んでいる2人の方をずっと私は見ていて。

 眼が、離せなくて。

 そして。

【鞠】

「ぁ――」

【和佳】

「――――」

【兵蕪】

「――――」

 ……………………。

 今――

【ババ様】

「鞠、今、和佳っ、ちょっと笑ったぞ……!!」

【鞠】

「…………はい」

 私でも観察できたのだから、パパもちゃんと見ただろう。

 あの子がこの家で、笑顔になれるという手掛かりを。

 …………約束を、守るということだ。

 「良い父親になる」という姉との約束を。

【鞠】

「……………………」

チクリとした痛み2

 ――チクリ。

 私は、痛みを覚えた。

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