7.14「嘘と真実」

あらすじ

「……嘘つきは……嫌いです」砂川さん、盛大な寄り道。彼女の「真実」に対する姿勢は割と本作では重要になってくる7話14節。

砂川を読む

Time

18:45

Stage

蛙盤区

【鞠】

「……来ちゃった……」

【ババ様】

「ここは……村田家、じゃな」

 そう、村田家。

 正確には村田家一所帯が一室賃貸しているアパートだけど。

【ババ様】

「あぁ――そうか」

【鞠】

「…………」

 到着したところで、私は改めて莫迦だなって思った。

 私はちゃんと、立ち位置を表明した筈だ。きっと、誰よりも、自分自身に云い掛けて。

 だから……私が今、此処に立ち寄ってるのはあまりにおかしいことだった。

Stage

村田家

 鍵も掛けられていない、ボロボロの玄関で靴を脱ぎ。

 すっかり何もかも無くなってしまった、ボロボロのフローリングを晒したリビングを見遣って、それから廊下に戻って。

 もっとボロボロで、矢張り全てが回収された子ども部屋だった場所に足を踏み入れて。そして――

【和佳】

「――――」

 ――全部、無くなってしまったその場所に、ただ1人座り尽くして汚れ凹んだ壁を眺めているらしい少女を視界に入れてしまうことは。

 あまりにおかしいことだった。

 何をやってるんだ、私は。そんなものを見て、私に一体何の得があるというんだ。

 もう私には、この場所に来る理由が何一つ無い筈なのに。

【ババ様】

「……和佳じゃ……」

【鞠】

「…………」

【ババ様】

「島には……あんな顔をして、時間を過ごす子など、1人もおらぬ」

【鞠】

「…………」

【ババ様】

「居てはならぬと……ババ様は、思うのだ」

 もう既に此処は廃墟。終わった世界。

 なら、此処に佇み何をするでもなく、座り続ける子は何者だろう。

 ……きっと、何者でもない。何者にも、なれない。

 そこで動かないというなら、もうそれは、廃墟同然。人間ではなく単なる像。

 死の残骸でしかない。

* * * * * *

【謙一】

「――悪かった……ッ!!」

【鞠】

「――先、輩?」

【謙一】

「悪かった! 俺がッ、俺が悪かった!! ごめん砂川、俺は……俺はお前との約束を――破った……」

【鞠】

「約…束……? な…何ですか、ソレ……私そんなもの先輩とした、覚え――」

【謙一】

「一緒に居ようって――俺はそれも良いなって思って、でもお前にとってはいつもの冗談だとばかり俺は……違ったんだ、お前は本気で云ってたんだ! だけど姉さんが居たから、お前は……退いたんだ――!」

【鞠】

「ッ……」

【謙一】

「一緒に居なきゃ、いけなかったのに……一番居なきゃいけない時に、俺はお前のところに居てやれなかった……」

【鞠】

「先輩――」

【謙一】

「お前が独りでずっと、俺のこと考慮してずっとこんなこと・・・・・抱えてたのに、気付けもしないなんて――何が先輩だよッ!! 巫山戯んな!!」

【鞠】

「先輩――!」

【謙一】

「何が……「元気になってよかった」だ! 「あの人が急逝して、元気無くしてたから」だ! お前の嘘すら気付けないなんて、こんなクソ大事な時に、俺はッ――!!」

【鞠】

「先輩ッ!!!」

【謙一】

「はぁ……はぁ……はぁ……」

【鞠】

「やめて……もう、やめて……き…傷付かないで――」

【謙一】

「……砂、川……」

【鞠】

「もう見たくない……あんなッ、悲しそうな、辛そうな、消えちゃいそうな先輩ッ、見たくない――やめてよ、私の大好きな人達をッ、もう壊さないでよ……ッ!! 壊れないでよ――!!」

【謙一】

「…………あんな人――大切じゃない」

【鞠】

「……ぇ――?」

【謙一】

「あんな勝手な人、俺は、好きじゃなかった……! 一緒に居たくなんか、なかった……ッ!」

【鞠】

「ッ――」

【謙一】

「殺した、ことだって!! 悔やんで、ない!! 清々した――!!」

【鞠】

「――――――――」

【謙一】

「……だから……ッ、俺は、お前と一緒に居る……姉さんじゃなくて、砂川と……一緒に、歩いていきたい――」

【鞠】

「――嘘つき」

【謙一】

「…………」

【鞠】

「嘘、つき……!」

【謙一】

「……ごめん」

【鞠】

「嘘つきぃ――! 嫌い、みんな、嫌い……ッみんな嘘つき――ッ!!!」

【謙一】

「ごめん――」

【鞠】

「…………嘘……つかないで……先輩は、お姉ちゃんをちゃんと好きだった……そんな先輩が好き……」

【謙一】

「…………」

【鞠】

「護ってくれる先輩が好き……だけど。傷付く先輩は、大っ嫌い――」

【謙一】

「……そっか……」

【鞠】

「もう……傷付かないで……消えないで――」

【謙一】

「……悪かった。こんなに、お前の本当の気持ち、聴くの遅れて」

【鞠】

「ッ…………」

【謙一】

「悪かった」

【鞠】

「うっ……ぐす…ウゥ――ウエェエエエエンッ……!!」

【謙一】

「ホントに……悪かった――」

【鞠】

「ウアァアアアアアアアアァァ…ッ……――」

* * * * * *

 ……………………。

【ババ様】

「ッ――鞠。何を、考えておる。また疼いとるぞ」

【鞠】

「ヤバいですか」

【ババ様】

「……いや、津波の恐れは無しって感じじゃ」

【鞠】

「そんな喩え何処で覚えたんですか」

【ババ様】

「昨日の微弱な地震の速報」

 そういえばテレビでそんなの流れてたっけ。

 なんてびっくりするくらい逸脱した話題で我を取り戻した私は、それでもあの時の抱擁を鮮明に感覚に呼び戻していた。

 本当、いきなりあんな嘘をつくんだから、びっくりする。

 ……あの時の先輩の意図は、いまいちよく分かっていない。だけど、あの人は本質的に嘘をつけない。だから私にくれた言葉には、全て真実が宿っていた。

 嘘を嫌う私に、先輩は確実に真実をくれる。

 では。

【鞠】

「……其処で、一体何をしてるんです」

 私の言葉とは、一体何なのだろう。

【和佳】

「――ぁ……会長、様……」

 私は今や、あの人と同じようなことをやっている。

 まあ質も量も全然違う気もするけど、私はあの人の真似事をしている、そんな感覚を少し持っている。

 だけど……やっぱり違う、と結論付けている。その最たる理由は。

【鞠】

「……云った通り。潰しましたよ」

 私のそれは、障害を潰す為だけに使われてきたというところだろう。

 もう私に必要なものは他には無いのだから、ならばそれ以外の全てが、私には邪魔なわけで。

【鞠】

「どうですか。解放された……気分は」

【和佳】

「……凄く……すっからかん……」

【鞠】

「ええ。見ての通り、もう何もありません。貴方の母親の全てを探るために、資産全てを精査する必要があるからです。戻ってくることも、ないでしょう」

 私の言葉には……救いがあるわけが、なくて。

【鞠】

「そしてこれまで支配していた極悪人から解放されたこのアパートは、これ以上貴方たちに部屋を貸すことはないでしょう。だから、私は云いました。路頭に迷う覚悟をしておけと」

 何かを云おうとすれば、そういう言葉ばかりで。

 それはきっと、おかしいことではない。だって私は「勝者」なのだから。

【鞠】

「……貴方は、此処で何をしてるんですか」

【和佳】

「……お姉ちゃんを、待ってるの……」

【鞠】

「姉を。姉は……帰って、こないと思いますが」

 ……でも。

 違うんだ。

【和佳】

「……帰って、くる……お姉ちゃん、帰ってくる……帰ってくる――」

【鞠】

「……何故、そう云いきれるんですか?」

【和佳】

「――約束、したから……」

【鞠】

「約束」

【和佳】

「ずっと、一緒って――」

【鞠】

「……………………」

 違うんだ。

【鞠】

「帰ってこないです。絶対に」

【和佳】

「……ううん……帰ってくる」

 今、私が云いたいのはきっと、そういうのじゃなくて。

【鞠】

「彼女は……何者かに襲われました。結果、意識不明の重体で、病院で眠っています」

 ……もっと違う。

【和佳】

「……お姉ちゃんは――帰ってくる――」

【鞠】

「だから、此処には戻って来れません。彼女が戻ってきた時、その時既に貴方は此処に居ません」

 抑も私は、云いたいんじゃなくて。

【和佳】

「居る――ずっと、居る――」

【鞠】

「居ません。貴方は村田優可の娘と指差され、嫌悪され、建物に留まることも赦されず――」

 そんなくだらないことを、云うんじゃなくて。

【鞠】

「テロを嫌悪する紫上学園が村田家を赦すこともないでしょう。学費も払えない。学友も出来ない。紫上学園を出ても、どの学園に行っても……貴方が留まることは、赦されない。難民に等しい」

【和佳】

「何でもいい、どんな形でも――お姉ちゃんと、和佳は、これからも、一緒――ずっと居る」

【鞠】

「居れません」

【和佳】

「居る」

【鞠】

「居れない」

【和佳】

「居る……ッ!」

 真実が、分からない。

 あの人じゃない限り、人間の会話というのは、信用に欠ける。

 私自身だって、そうだ。

【鞠】

「……………………」

【ババ様】

「鞠……お前は、和佳を、どうしたいんじゃ?」

【鞠】

「……………………」

【ババ様】

「何故……和佳のところに、来たんじゃ?」

 それは姉妹の果てだった。

 嘘をつかれて、今度は自分が嘘をついて、大丈夫と虚を張って、独りになって、そして……

【和佳】

「居る、もん……和佳は……お姉ちゃん、帰ってくる、から……ッ――!」

【鞠】

「……同じじゃん」

 最悪への気付き。

 安易な言葉で塗られてたに過ぎない、現実。

 ――私は、矢張り思う。

 言葉なんて信じるものじゃないなって。

嘘つきは嫌いです

【和佳】

「――?」

【鞠】

「…………」

 だから、それならこうやって何か行為に及ぼした方がいいんだと思う。

 その方が分かり易いし……案外私は、今までそうしてきたかもしれない。

 「人を信用しない」ことを。

【和佳】

「ぇ――ぁ――」

【鞠】

「……嘘つきは……嫌いです」

 まだ小さい身体を、崩れないよう、優しく包む。

 背中を、ゆっくりと撫でる。

【和佳】

「……………………」

【鞠】

「……………………」

 私は何がしたいんだろうか。

 此処に来て。この子と会って。この子に現実を叩きつけて。

 まだそれで満足していないのなら、私は一体、何をしたいというんだろうか。

【鞠】

「…………」

 分からない故に、言葉も出るわけがない。

 というか今、口から出る言葉にはウンザリしていた。

【和佳】

「……ッ……ッッ……――!」

 少女の無意味な虚勢も。

 それを破壊する私も。

 今は欲しくない――

【鞠】

「…………」

【和佳】

「ああぁ……ッあぁあああああああ……――!!」

 軈て、彼女は我慢していた嗚咽も、奥に溜まっていた有りっ丈の感情も、

【和佳】

ああぁああああああッ――あああぁああああああああああぁぁぁ……!!!

 声をあげて、曝け出す。

 決壊。そう表現するに相応しい。

【鞠】

「…………」

 最初は私から抱き寄せた形だったけど、今は逆に少女が私を締め付ける感じだった。

 強く抱きしめてくる。胸の中で叫ぶ。

 処理のできない想いで、私の身体の彼方此方を強く叩く。

【鞠】

「…………」

【和佳】

ああぁあああああああぁぁぁぁ――!!!

 痛い。子どもといえども、めちゃくちゃ痛い。叩かれた肩や背中とか、耳とか頭とか、物凄いエネルギーに圧倒されて、疲労しているのが分かる。

 ……これが。

【和佳】

「――……ッ……ひぐ……えっぐ……ぅあ……――」

 この子の痛み。

【鞠】

「……やっと……正直になった」

 完璧な証明など、きっとこの世には無いと私は思ってる。

 だから最終的に人間は、物事の真偽を自分の判断で以て落ち着かせないといけない。

 私も……やっとここらで、判断ができそう、かな。一般人には一般人の限界があるのだから。

【和佳】

「ッ……え――?」

【鞠】

「……こんなに泣いてる子を放置して家帰ると、多分パパは怒りますね」

 2つの真実を受け止めて……。

 私は、溜息をついた。いつも通りかは分からないけど、きっと不機嫌で。

【鞠】

「ひとまず、私の家に来なさい。此処に居る時間は、無意味も甚だしい」

 そんな私が、ソレを云ったのは。

 あまりに……おかしいことだった。

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