5.08「勝負脳」

あらすじ

「貴方を裏切るような真似はしてはならない。だから、俺は……振り返りません」砂川さん、信長くんの価値観を分析します。一見真面目で常識陣だけど実のところ男性陣で屈指の変人だと思う5話8節。

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Stage

紫上学園 外

【信長】

「……申し訳ありませんでした、会長」

 流れで一緒に登校している中、書記は隣から謝ってきた。

【鞠】

「……何の謝罪ですか」

【信長】

「先ほどの男子……赤羽の、ことです。アイツは野球部で……その、熱くなりすぎるところがあって」

【鞠】

「野球部を認めろとか云ってましたけど」

 別にアイツの擁護をするとかそんなつもりは微塵も無いけど。

【鞠】

「貴方、あっちに乗っかった方がいいのでは?」

【信長】

「……会長も、そう思うんですね」

【鞠】

「客観的に考えたら、それはそうでしょう。会計、滅茶苦茶張り切ってますけど」

【信長】

「……本人がいいって云ってるんだから、とも思うが……深幸については沢山振り回してきたから、云いづらいですね」

 会計は、どうやら書記の懐刀とやらになりたくて紫上会を目指してきたようだし、最大の親友と呼ぶなら、それ以外にも沢山共助してきた関係なのだろう。

 つまり、彼にとって書記の野球部退部は全く以て他人事じゃない。

 「煌めき」とやらを見せる書記の要素に、野球は欠かせないということなんだろう。何か、今は全然煌めいてない、的なこと云ってた気もするし。

 しかし肝心のこの本人は、野球部を辞めている。それもこんな潔く、だ。

* * * * * *

【信長】

「俺は、お前の望む俺にはなれなかった。俺も、これまで俺が望んできた俺を手に入れることはできなかった。だけど……現状は、決して悪いものじゃないって、俺は思ってる」

【笑星】

「ど、どういうこと? だって野球部無くなっちゃってるんだから、少なくとも先輩は辛いじゃん……?」

【信長】

「勿論、全然堪えないと云えば真っ赤な嘘だよ。だけど……それよりも、俺は、紫上会書記であることを、誇りたいんだ。今、俺にとって一番守りたいのは、コレなんだ」

* * * * * *

【鞠】

「貴方にとって、一番大切にしたいものが、紫上会書記であること」

【信長】

「…………」

【鞠】

「すなわち、実力試験の勝者であり、私に対して敗者であること、なんですね」

【信長】

「…………はい」

 ……私は一つ、仮説を思いついていた。

 自分でも、莫迦じゃねえの、って思うくらいのものを。

【鞠】

「一つ、質問があります」

【信長】

「……? 俺に、ですか」

【鞠】

「野球って、何が楽しいんですか」

【信長】

「…………」

 昨日先輩に聞きそびれたことだけど。

 訊く相手として、先輩よりもずっと適しているだろう。

 色んな意味で。

【信長】

「……野球の楽しさ、ですか」

【鞠】

「私には一切分からない分野です」

【信長】

「そう、なんですね。会長は……俺とは違うタイプなんですか」

【鞠】

「ボールを投げて打って、走っているだけのゲーム。しかし貴方は何かそこに、楽しいことがある。だから野球を続けてきたのでしょう?」

【信長】

「まあそうですね。だけど……俺は別に、野球が好きなわけじゃないんです」

【鞠】

「……ほう」

 きっと、これは紫上学園生にとって衝撃の言葉なんだろう。この野球部エースの男子は、今、野球が好きじゃないと云った。

【信長】

「元々、何か切欠があったわけじゃなくて……両親が何かスポーツを勧めて、それで野球を始めた。塾に行かされる子どもと大差無いんです」

 しかし……私にとってはそれほど衝撃的ではなく。

【信長】

「ただ……野球って、勝負事じゃないですか」

 寧ろ――予想通り。納得だった。

 そしてこの時、私はようやっと、確信した。

【信長】

「どうやら俺には才能があるようだったから、続けました。勝つ為に……いずれ甲子園のような、大きな勝負の舞台に立つ為に、ずっと」

【鞠】

「(ああ……コイツは……)」

 この人はただの勝負脳なんだと。

* * * * * *

【司会】

「――ゴールしました!!! 1位は――白虎、砂川会長です――!!!」

【信長】

「――クソッ!!!」

【鞠】

「――!?」

【信長】

「クソッ!! クソッ!! クソッ!! クソオォオオオオオオッッ――!!!!」

【鞠】

「……えっと、壊れましたか?」

【信長】

「何でッ、また、会長に負ける、俺ェ――!!! 何故弛みを赦した、松井ィ!!! …………失礼、しました…………また、120%本気を出した場所で……会長に負けてしまった……」

【鞠】

「……はぁ」

【信長】

「負けました、会長。見事な走りでした……流石です」

【鞠】

「……悔しい割には、あっさりそんなことを云うんですか」

【信長】

「負けは負け。それ以外の何でも、ありませんから」

* * * * * *

 体育祭でも知った、この人の個性と呼ぶべき一面。

 勝負に熱い、なんてものじゃない。勝利ばかりを追い求め、敗北を忌み嫌い、しかしその前提である勝負の舞台をしっかり尊重――崇拝する。

 筋金入りの勝負脳。

 個性、といったけれど、これはそう簡単に配置していい要素じゃない。何故なら、たったそれだけの理由で幼少からずっと野球を続けて、努力を積み重ねて、強豪らしい紫上学園野球部で2年にしてエースとなったのだ。

 この書記にとって、勝負は、本質なのだ。

 大事なのは勝負であって、野球じゃない。

 この視点に切り替えた途端――不可解だった今回の騒動の構造が明瞭と化す。

【鞠】

「だから、紫上会ですか」

【信長】

「……え?」

【鞠】

「会計の熱具合を思い出すに、貴方は野球同様に勉学にも相当努力を費やした。何故なら、この紫上学園においては勉学による勝負――紫上会の椅子をかけた実力試験が最も巨大な勝負の舞台であるから、貴方がコレをスルーするはずがない」

 紫上会の活動ではなく、実力試験という勝負が、コイツには重大で。

 その勝負結果は、少なくとも1年間附き纏う。それもまた、勝負を尊重するというならば責任を以て全うしなければならない日々。

【鞠】

「貴方にとって紫上会は実力試験という勝負の結果であり、勝者であり、特殊な意味では敗者である今回の結果しょうぶを、貴方は蔑ろにしてはならない」

【信長】

「……………………」

【鞠】

「だから――貴方は、野球部を辞めたんです。野球部は今年度の紫上学園、紫上会わたしによって無いものとされたのだから」

 勝者の理に従う。

 勝者である私が野球部を排除したなら、彼は野球部で居るわけにはいかない。理を覆すような動きを見せる団体に居てはならない。

 総ては、全力で戦った勝負を蔑ろにしない為に――

【信長】

「……何だ……やっぱり、理解してくださってるじゃないですか」

【鞠】

「……は?」

【信長】

「会長なら、俺のことを理解してくれていると思っていました」

 若干沈んでいた、書記の表情はこの時……回復していたように思う。

 元気なのはいいけど、どうしてこのタイミングで?

【信長】

「そうです。俺は、ずっと勝負の為に、野球をやってきた。野球による勝利に味を占めた、という感じでしょうか。だから続けてきたんです。それに勉学だって、努力した分だけ試験で好成績を手に入れることができて、紫上学園では実質勝敗制すら設けられている。これもまた手軽且つ巨大な勝負ごと」

 いや勝敗制じゃないし。何勝手に勝負事にしてるんだって話だが、実力試験が紫上学園最大の勝負イベントであることは間違いない。

 書記にとってはそれだけでやる価値は充分。それだけで、数年も努力してしまえる。

 希少な単純思考をしていた。ある意味雑務よりも莫迦だ。

【信長】

「確かに俺にとって、甲子園への道はとても大きな価値を持っていた。だけど……紫上会への道だって、今までずっと頑張って歩いてきた。深幸を巻き込んで、勝つ為に、ずっと……俺にとっては、この2つの道に優劣は無いんです。優先順位は無い……だから――」

【鞠】

「勝負への崇拝を覆してまで、野球部を復活させて甲子園への道に戻る優先度も無い、ですか」

【信長】

そうです……! その通りなんです……!

【鞠】

「――!」

 何か、両の手で私の手を優しく握ってきた。

 随分と嬉しそうな顔。「パァァァァ」と明るくなったような煌めき――会計が望んでるのとはきっと違うのだろう。

【鞠】

「……しかし、自分で云うのも何ですが、私の政権で貴方は満足するんですか? 現状通り、私は貴方にも、誰にも紫上会らしい仕事を分けるつもりはありません。退屈凌ぎに追われかねない日々ではないですか。それなら、優先度に違いは無かったとしても、甲子園の道を見遣りたくもなりそうですが」

【信長】

「はい、大丈夫です……! 俺には、貴方が居るから」

【鞠】

「…………はい……?」

【信長】

「貴方は、絶対的な勝者です。俺を負かした貴方は、鉄拳のように容赦無く違反者を裁き、自分の理屈で学園中を染め上げます……そんな強すぎる姿を見て、俺は分かったんです……俺は、途轍もなく幸運な人間なんだと」

 テンションが、凄く高い。コイツこんなんだっけ。勝負が関わると、どこまでもハイで……

【信長】

「俺は、なんて素晴らしい勝者に敗れたんだと。これからこの人を会長として、俺はその下に就き、1年間を全うするんだって思うと……こんなに、こんなに幸せなことは滅多に無い」

 しかし、だからこそあどけない子どものように、純真な彼の想いが露呈するようで。

【鞠】

「…………」

【信長】

「だから会長が勝者であることを……俺は、絶対に壊したくないんです。貴方を裏切るような真似はしてはならない。だから、俺は……振り返りません」

 「真実」。

 言葉の真偽など、とても分かったものじゃないと先輩は云う。しかし時に、これは本当なんだと天啓のような確信が降りてくることがあるとも云う。

 私は、思う。

【信長】

「……でも、確かに仕事ゼロは悲しいですから。必ず、会長に……認めてもらおうと、思っています。それが俺の、当面の目標ですから」

 この言葉は。

【鞠】

「……………………」

 それに値する……信じて、いい類いのものなんじゃないか、って。

【鞠】

「……その……」

【信長】

「……?」

【鞠】

「手――」

【信長】

「ッ……す、すいません! つい――!」

【鞠】

「…………」

 この学園に来て、初めて思った。

【鞠】

「貴方は……」

【信長】

「は、はい」

【鞠】

「相当に、変人ですね」

【信長】

「……自覚は、してるつもりです……はは……」

 ならばこの人はもしや、私の……「味方」なんじゃないか……って……。

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