5.43「信長ラスト」

あらすじ

「いや、ちょっと……云いにくいことがあるんだけどさ」砂川さん、最後の最後にどんでん返しを喰らいます。この43節にて5話は終了し、次からもっと災難な6話に入ります。

砂川を読む

vsmari

Stage

紫上会室

【笑星】

「はぁ~~此処は本当快適で良いなぁ~……電気代も掛からないし~(凉)」

【深幸】

「人口密度も無いに等しいし、最強の避暑場だよなぁ~(凉)」

【四粹】

「ははは……」

 リビングエリアでは、相変わらず仕事の無い連中がどっから送風してるのか分からないエアコン設備にジークハイルしていた。

 一応、此処は避暑場ではなく仕事場なので用が無いなら帰ってほしいものだけど。これも庶民の節約術ってやつなのか。凉しむ為にショッピングモールを訪れる人も少なくないらしいし。

 因みに私の家は電気代をそんな考慮してない。浪費するつもりもないが、節約するぐらいならしっかり設備に仕事させてやろうというスタイルでいる。更に因みにだが、メイドはガンガン冷房を効かせた状態で寝間着の上からカーディガンを着込んで「どうです、私成金みたいでしょ?」と浪費アピール的なことをするのが今年の夏の流行になっている。私は恐らく一生、奴の思考を理解する日は来ないだろう。

 扨、ただいま絶賛夏休み中だ。しかもまだ7月、まだまだ自由時間は沢山ある。これは私にとっても嬉しいことである。

 特別講義期間というのが紫上学園では開講されるものの、実質ガチの休日は20日以上ある。しかも特別講義というのは実質受験対策の塊かつ受講は希望制なので、全國模試をまるまる模倣している実力試験で満点を取った私が受講する価値は無いに等しく、習い事ラッシュを考慮しても30日近く私には自由に使える時間がある。

 野球部とか甲子園とかで狂った計画を修正し、溜まった仕事と企業打ち合わせを一気に進める大チャンス。逆を云えばこの夏休みをしくじると砂川政権大ピンチなので、否が応でも張り切ってしまう。

 ボールぶつかった件で病院行ったら「安!静!に!!」と物凄く念を押されてしまったけど、まあ大丈夫だろう。まさかもう何か眼にぶつかってくる事件はないでしょ、流石に。

【鞠】

「……怖いのがあるとしたら、“合宿”か……」

 それも含めて、どうか夏休みは忙しくも穏やかでありますように、手を合わせ何かに祈願しながら夜を過ごすここ最近だ。

【信長】

「すまん、遅れた」

【笑星】

「遅いよ~松井先輩(凉)」

【深幸】

「うっすもう始めてんぞ~(凉)」

 何に遅れたんだろう。何を始めてるんだろう。

 仕切りカーテンを閉めたところでリビングで寛ぐ連中の平和な声は私に届く。以前も云ったように私はBGM排除派なので無駄な音は集中を削ぐ。耳栓も考えたけど、それやると今度は耳栓が気になって集中できない気がする。

 よって常駐の障害オブジェクトとして諦めるしかない。まぁ、野球部の件が一旦落着しただけまだマシなんだとポジティブに捉えよう。

【鞠】

「……これは……直筆しないとダメなやつか」

 私の直筆とかそんな価値あるのかな。

 とぼやきながら筆記具を取り出してる一方……あちらも仕事紛いの会話に華を咲かせていた。

【笑星】

「今日も何かいっぱい集まったねーファンレター」

【信長】

「夏休みなのに、凄いな……下手すると体育祭直後くらいと同じ量じゃないか?」

【四粹】

「……あの時は嘆願書が多かったですけど、今回は感謝状だらけですね」

【信長】

「感謝状って……(カタカタ)」

【笑星】

「「素敵な夏をありがとう野球部!!」みたいなさ。それは野球部に直接云ってほしいよねー」

【深幸】

「感情のはけ口扱いされてるなぁ目安箱。まぁこういう明るいのなら幾らでも歓迎だが」

【信長】

「いやいや、こうして記録に残すものだから、あんまり巫山戯られてもとは思うが……しかし、皆がそう思ってくれたなら、俺としても有難い」

【笑星】

「勿論個人向けのファンレターもいっぱいあるよ。今回ばっかりは松井先輩に軍配が上がるねー」

【深幸】

「だけどそっちは、ちょっと見てると俺も悲しくなってくるんだよな……」

【笑星】

「俺も……」

【信長】

「え……何て書いてあったんだ……?(カタカタ)」

【四粹】

「どのファンレターでも、「最後の夏」というのが強調されていますね。松井さんが紫上学園で大いに活躍される、最後の舞台が終わってしまったことへのファンなりの嘆きです」

【深幸】

「あっちでも野球、やってくれよな……」

【笑星】

「そのコメントはちょっとまだ早すぎると思うよ松井先輩(泣)」

【信長】

「な、何で泣くんだ笑星……」

【深幸】

「でもお前ら勘違いすんなよ!! 信長の輝かしい栄光はな、こっからだからな!! 信長は現実としてプロ野球の道を行くのが濃厚だからな!! これから信長は、世界で闘うんだ!! 迫る感動に準備しておけ!!」

【笑星】

「サー!!!」

【鞠】

「…………」

 2人ほどテンション狂ってる。

 しかし、私は半分くらい忘れかけてたけど今回野球部でこんなに揉めた切欠になったのもそういえば彼にとって今年が「最後の夏」だったことだ。

 来年ではなく、今年を頑張りたい……野球部がそこを譲らなかったのは、3年それぞれの部活締めもあれど中心にあったのは書記だった。

 彼の言葉は沢山の人間の行動を狂わせる。時に赤羽とかいう凶徒まで生み出して。

 更にその逆、蚊帳の外でしかない連中の過剰なメッセージや行動が、彼の在り方に変な色をぶっ掛けたりもする。

 人に評価されるというのは、なかなか単純構造で終わってくれない。会計の云う「煌めき」は、決して純度100%のプラス要素ではない。

 もうあんな恐ろしい日々を経験するのは御免だった。その心情で云えば、彼が今年度で紫上学園から旅立つのは実に良い報せであるとも感じられる。

【鞠】

「……どうせ、ちょっとしたら毎日テレビに出そうだし」

 いや、でも彼の性格からして……プロ野球という輝かしい舞台で闘えるチャンスがあったとしても、その切欠がMVPなんて巫山戯たものである以上、寧ろ拒む可能性もあるにはある。

 ……まあ、絶好のチャンスであるのだから普通に食い付けばいいと思うけど。私はこれ以上もう書記のことを考えたくない。覇者といえど、そんな資格は無いのだから。

 兎に角、私を掻き乱すようなアクションをもう起こしてくれないことをひたすら祈る――

【信長】

「…………えっと、さ」

【深幸】

「ん?」

【笑星】

「どったの?」

【信長】

「いや、ちょっと……云いにくいことがあるんだけどさ」

【深幸】

「……………………」

【笑星】

「……………………」

【四粹】

「……………………」

【信長】

「え、どうした……そんな、突然黙って」

【深幸】

「いや……お前と喧嘩した時もその切り出し方だったなぁ、と」

【笑星】

「今度は一体どんな爆弾を投げてくるんだろうなって」

【信長】

「……すまん」

【笑星】

「謝った!! つまり今回も爆弾系!?」

【信長】

「えっと……多分」

【深幸】

「ちょっと待て、聴く準備させろ。ウェイトウェイト」

【笑星】

「すーーーはーーーー……玖珂先輩も準備しといて!」

【四粹】

「は、はい」

【深幸】

「……――OK、何でも来い!!」

【笑星】

「大丈夫、一度経験してるからね、今度はもっと上手くやってみせるよ!!」

【信長】

「べ、別に2人が何か動くような事は何も無いんだ。ただ、一つ報告というか……怒ってくれて全然構わないからな」

【深幸】

「俺が怒るようなことなのか」

【信長】

「多くの人が怒るかもしれない、と多少恐怖は感じてる……」

【笑星】

「分かった、内容にもよるかもだけど、俺たちも一緒に怒られるから!!」

【四粹】

「えっと……それで、その内容は……?」

【信長】

「そこまでややこしくない話だとは思うんですけど――来年度は、ここで独り暮らしをしようと思ってて」

  ……………………
……………………
……………………
……………………
……………………
……………………。

【紫上会】

「「「「!?!?!?!?」」」」

 ボキッ。

 持ってたゲルインクのボールペン、思わずボッキリ逝く。

 そしてそれも無視して仕切りカーテンを思いっ切り開いた。ここまで、半反射的リアクション。

【鞠】

ッ――!?!?

【信長】

「か、会長……!? その、おはようございます……」

【鞠】

「今――今、何て――」

【信長】

「あ……聴いてたんですね……えっと、両親は予定通りアメリアに移住するんですが、俺は今まで通りあの家に留まろうと」

 ――何だそれ!!??

【笑星】

「え……えぇええええええええ!?!? どういうこと!? 先輩、ご両親と一緒にアメリア行くんじゃなかったの!?

【信長】

「ああ、その通りだ。アメリアは凄く独特な文化環境だから、2人も大変だろうと思って。実際生活環境を整えるのを手伝ってくれと云われたから俺も頷いた。父さんの夢は応援したかったしな」

【四粹】

「……それが、一体どうして」

【信長】

「……どうしてって……そりゃ、正直あんな終わり方はないと思ったからですよ――」

 書記、声が震え出す。

 あ……これ、発作だ。

【信長】

「俺は敗者なのに、MVPとか貰ってるんだぞ!! こんな無様な夏で締めくくるとか、巫山戯るなって感じだろ!! ですよね会長!!?」

【鞠】

「……………………」

 巫山戯んなはこっちの台詞だと思う。

 えー……つまり、もしかしてアレかな? あの夜中の会話で、書記が何か思い切っちゃったのかな? だとしたら私、凄く余計な事しちゃった感じかな?

【信長】

「というわけで、父さん達に正直な感想を話してみたら……案外あっさり、認められたんだよ。全部が全部確定じゃないんだけど、こんな我が儘な俺を赦してくれるなら……今後とも、よろしくお願いしたい――!!」

 書記が頭を下げる。

 ……私は別に書記の全てを理解できる、なんてそんなことはもう思わない。だけど、予想ぐらいならできる。

 彼は変わったんだと。

【深幸】

「………………――ッ!!!」

【信長】

「ッ!?!?」

 頭を下げていた書記を、会計が突然アグレッシブに肩抱いた。

【深幸】

「――イヤッッッッッホオオォオオオオオオオオオオオウ!!!! 凄え……凄えよ、最高じゃねえか信長あぁああああああ!!!

【信長】

「み、深幸!?」

【深幸】

「何変に恐縮してんだよ!!! 普通に良いニュースじゃねえか!! それ聴いて俺たちが喜ばないわけねえだろ!!! あーマジか、そっか、卒業まで信長と一緒かぁぁ!!」

【笑星】

「まぁとんでもないオチ持ってきたな、とは思ったけど、責められることじゃないよ。松井先輩は、紫上学園の宝だから! 皆大好きな松井先輩が、これからも居てくれる……松井先輩が心からソレを選んでくれたなら、誰からしてもコレは幸せなことなんだよ!」

【信長】

「……2人とも……ありがとう。本当に、何から何まで……」

【四粹】

「正直……可成り驚きました。野球部の皆さんには?」

【信長】

「は、はい。伝えました。引退された児玉先輩たちにも、赤羽にも、全員」

【笑星】

「じゃあ……目標は、もう決まってるね!」

【信長】

「――ああ! 無論今度は、甲子園制覇!! 今度こそ石山を――稜泉を討つ!!」

【鞠】

「……………………」

 何かすっかり皆、この新現実を受け入れて盛り上がってるみたいだ。

 私はビックリしすぎてちょっと、全然声とか出ない。

 雑務も云ってたけど、実に見事なオチを投下してくれたものだ。私、絶対、お前、赦さない。

 ああ疲れた……何故か一気に疲れた、心なしか腰に負担が……大人しく事務処理していよう……その前にボールペン片付けないと……。

【笑星】

「じゃあ来年、また皆で応援するぞーー!! ね、鞠会長!!」

 と腰を押さえながらのっそり戻ろうとしてた私をいきなり雑務が会話に巻き込んできた。

【鞠】

「は……? な、何で私まで――観に行きませんよ、もう絶対甲子園なんて。来年は会長じゃないので、拘束される理由もないですし」

【笑星】

「でも会長の顔にボール直撃してから流れ変わったし、会長の応援絶対効果あると思うんだよねー。どう思う、松井先輩?」

【信長】

「……会長が居たから、あそこまで闘えた……間違いはないな」

 いや何でだよっ。

 ていうか巻き込まれる理由!! 私来年もう一回鼻血出せって云ってるのコイツら!!?

【深幸】

「じゃあ来年は、笑星が会長になって、会長権限で砂川を拉致ろうぜ!!」

【笑星】

「――!? それだッッ!!!」

 やめろおぉおおおおおおおおおッッッ!!!

【笑星】

「よーーし、俺絶対また紫上会に入る!! 頑張るぞー!!」

【深幸】

「そうと決まったら、笑星の実力試験準備をしとかないとな! 俺も全力でコーチしてやるから、覚悟しとけよー! 玖珂先輩!!」

【四粹】

「ふふ……お求めになるなら、いつでも」

【笑星】

「どんな扱きもバッチコーイ!!」

【鞠】

「……………………」

 グッタリ。

 来年の平穏まで、遂に壊れ始めてないだろうか私……?

 絶望の寒気に身を震わせながら、削がれまくった仕事のモチベーションを引き摺って今度こそ自分の椅子に戻ろうとした、ところに。

【信長】

「……会長」

 盛り上がる3人から離れ、爆弾野郎が私を呼び止めた。

【鞠】

「……何、ですか」

【信長】

「……会長、心の底から、正直なことを云わせていただきます」

【鞠】

「はい……?」

 ……書記は、随分と爽やかな顔をしていた。

【信長】

「――貴方が紫上学園に来てくれて、本当に良かった!!

 そして、笑った。

 雑務を思わせるほどに、純真であろう破顔。

【鞠】

「ッ……き……気持ち、悪いです」

【信長】

「あ、す、すいません。確かにそうでしたね、いきなりこんな……」

【鞠】

「今から、私仕事に集中したいので……あっちの3人と遊んでればいいと思いますッ――」

 駆け込む勢いで仕事エリアに入り、仕切りカーテンを一気に閉めた。

 …………ビックリ、した。

 男子の本気の笑顔とか目の前で見せられたこと一度も無かったし。

 ちょっと……怖かった。

【鞠】

「……まあ、泣かれるよりは、マシだけどさ……」

 ……私には、もう関係無いことだ。あの一件はもう終わり。

 書記はこうして、私とは全く異なる道を歩むと決めたのだから。

 私と離れて行くことを……。

【鞠】

「……それで、いい」

 お互い、その方がメリットあるんだから。

 私は、これからも必要充分であり続けたいのだから。

【鞠】

「仕事しよ」

 その為に、今日も私はひとり、椅子に座り、紙を拡げ、手指を動かす――

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