5.29「仲間だから」

あらすじ

「赤羽、お前の力も、また俺に貸してくれないか――!」野球部、赤羽くんと向き合います。仲間という概念は本当はきっとそんな綺麗じゃなくて、でも矢張りどこか美しいものだと信じたい5話29節。

砂川を読む

vsnobunaga

Stage

紫上学園 空き教室

【信長】

「あと1週間、死ぬ気で点を上げろおぉおおおお!!」

【野球部】

「「「おぉおおおおおおおおおおお!!!」」」

 今日も、空き教室を幾つか借りて、野球部の放課後勉強を始める。

 得点率は今のところ平均50%前後……こっから更に25%上げるのは可成り難しいだろうが、学力というのは伸びる時は突然伸びるものだ。希望が持てないわけではない。

 苦手科目は苦手じゃなくなれば一転して強力な得点増加に繋がる。過去問で明らかになった穴を埋める作業を優先する方針になった。

【六角】

「ん……?」

 期末試験は実力試験とは違って、出題範囲が大きく絞られ、授業で触れたことしか出てこない。間違いなく実力試験と比べれば簡単なのだが、その分授業担当の先生の「個性」という実力試験には無い要素が俺たち教師陣をも苦しめる。

 出題範囲の勉強が準備できていることは勿論なのだが、この個性が自分の養った勘と相性が悪かった場合、極端に失点することがある。俺はそれを1年の頃に2度経験している。期末試験もランキング発表されるので俺は1位を目指す為にこの個性対策も頑張ってきた。具体的には、授業で先生の言葉、一言一句を聞き逃さないようし、メモに残し、更にその先生が作成した過去の試験問題を収集し個性研究すること。ここまでやって、何とか相性問題の被害を最低限に抑えて、3学期の期末試験で1位を獲得することができた。

 ……この個性対策をしている暇は野球部にはない。だから全てクラスの全ての教科担当の先生の個性研究は、教師陣がやることになった。慣れている俺と、六角先輩、それに菅原先輩が担っている。特に菅原先輩は講師としてではなくこの分析を只管やってくれている。

 できれば、明日にでも皆と分析結果を共有したいが――

【六角】

「松井、ビックリな奴来てる」

【信長】

「……え?」

 六角先輩に声を掛けられ、指を差した方向へと、目を遣る。

 扉の方向、その先には――

【信長】

「ぁ――赤羽!?」

【赤羽】

「…………」

 思いがけない人物の登場に、野球部も騒然とする。

 予想だにしないのは当然。何故なら赤羽は、正式な処分が決まるまでは自宅謹慎を命じられていたから。

 紫上会で下す自宅謹慎というのは、何も外出を一切禁じるものではなく、紫上学園への登校はこちらの指示が無い限り許されず、それ以外の外出については自主的に控えてもらうというものだ。

 だが、赤羽はこの紫上学園に来た――紫上学園に限った話ではなく、罰に逆らえばもっと重い罰が科せられる。それは、いくら赤羽だって分かっている筈……。

【児玉】

「お前――どうして来たんだ!!」

【赤羽】

「ッ……えっと、別に、勝手に来たわけじゃなくて……!」

【信長】

「赤羽……?」

 ……俺の知ってる赤羽とは、違う雰囲気だった。

 血気盛んで、悪く云えば常に危ぶまれる男子。しかし今の赤羽は……意気が感じられない。

【赤羽】

「アイツに……云われて」

【信長】

「……アイツって、もしかして会長――?」

 小さく頷いた。

 つまり……会長からの指示があった。なら、謹慎を破った、ということにはならないだろう。

 しかし、どうして会長はそんなことを……

【赤羽】

「謹慎も、一時的に解くとか、云ってて……俺もワケ分かんなくて」

【男子】

「謹慎を、解く……!? どうなってんだ……」

【男子】

「赤羽、お前何やったんだ……」

【赤羽】

「……分かんねえ……6月26日まではって云ってたけど」

【六角】

「その日付は確か……」

【信長】

「他に、会長は何か云ってなかったか……?」

【赤羽】

「……………………」

【信長】

「……赤羽?」

 こんなに静かな赤羽を見たことがない。

 俺には、今の赤羽が分からない――

【赤羽】

「松井、先輩」

【信長】

「ん?」

【赤羽】

「すいませんでした」

 ――分からない、のか? 本当に?

【赤羽】

「児玉キャプテン……すいませんでした」

【児玉】

「…………」

 どうして赤羽がこうなってるかは、推測ぐらいはできるだろう。会見だ。

【児玉】

「謝って、赦されるレベルを越えている。だから謹慎にもなったんだが……しかし解せない、本当にお前は来てよかったのか?」

【赤羽】

「……すっげえ、怒られた……」

【児玉】

「……誰にだ?」

【赤羽】

「色んな人に……でも一番すっげえ怒ったのは、アイツだった……」

 ……俺たちの知らないところで、会長と赤羽はまた接触していたということだ。会長が呼んだのか、赤羽が会長に会いに行ったのか、経緯は分からないが……一体そこでどんな会話をしたのか。

 それは、今の赤羽からしか推測はできない。しかし――

【赤羽】

「……皆を、松井先輩を絶望させたのは、俺だって……」

【信長】

「…………」

 赤羽は今、孤独ではないのか?

 野球部とも距離を置かれ、周りからの信頼を失い――そんな状態になったらと思うと……というか俺だって、以前それに似た状態ではなかったか?

【赤羽】

「あんな奴の云ったことなんか、聴きたくねえよ……でも……」

 どうすればいいのかが、何を見ればいいのかが、分からないんだ。

【信長】

「……そう、か。他には何か」

【赤羽】

「……そういや、何か……救済措置? それを、確認しろとか」

【児玉】

「救済措置のことを赤羽にも話したのか……えっと、これだ」

 キャプテンが脇に置いていたバッグからクリアファイルを取り出し、それに保管していたあの封筒を、赤羽に手渡す。

【赤羽】

「…………」

 あの会見に対する、紫上会……会長からの野球部への回答。

 それを読んだ赤羽は……

【赤羽】

「……ッ――?」

 動揺、していた。だいたい皆と同じ反応。

 いや、同じ、ではない。

【赤羽】

「何――で――」

 零して当然のその呟きは、あまりに重かった。

【児玉】

「……そうか、会長が赤羽の謹慎を解いたのは……赤羽もまた野球部の一員だから、か」

【六角】

「まあ、対象は野球部員だからな。部員1人でもテストに出席できないんじゃ、平均点一気に下がるし。謹慎解除期間が6.26っていうのは確実に救済措置に合わせてきてるもんな……てことはあれか、また一つ慈悲を貰っちゃったってことか」

【信長】

「……赤羽のことを思って、なのか」

 正直、そんなイメージは全然湧いてこないのだが……俺だけじゃなく、野球部だけじゃなく、赤羽までをもあの人は……なら。

 俺もまた、正直な判断でいきたい。

【信長】

「赤羽も、闘えということだ」

【赤羽】

「……! 松井先輩……で、でも俺は――」

【児玉】

「ああ、俺は……松井がどう思うかは別として、部長として俺はお前を許さない。お前は野球部の……汚点だ」

 そう云ったキャプテンは……赤羽の肩を優しく叩いた。

【児玉】

「だが、それでもお前は大切な、野球部の一員だ。全身全霊で、信頼を取り戻せ赤羽。どんなに時間が掛かるか、分からない。だがお前が頑張り続けるなら、俺たち野球部は絶対に、野球部を愛するお前を見捨てない」

【野球部】

「「「…………」」」

【児玉】

「これは、野球部皆で決めた方針だ」

【赤羽】

「……キャプ、テン……」

【信長】

「赤羽、俺は退部を取り消すよ。今も俺は、野球部だ」

【赤羽】

「え――松井先輩?」

 反対側の肩を、今度は俺が叩き掴む。

 かつて深幸たちがやってくれたように――

【信長】

「お前が、皆が俺に力を貸してくれたから、だから俺も気付けたんだ。俺は……皆と全力で野球をやりたい、そして、甲子園を目指したい。その為に今、全力で期末試験対策をやってる。だから……赤羽、お前の力も、また俺に貸してくれないか――!」

 今度は、俺が少しでも力になれたらと。

【赤羽】

「――――――――」

 そんな気持ちで、赤羽の反応を待っていたが……突如、その身体は力を失ったように、その場に崩れ落ちた。

【信長】

「あ、赤羽!?」

【赤羽】

「――すいま、せんでした――」

 そして、俺に向けてなのか……いや、きっと俺だけじゃなくて……

【赤羽】

「すいませんでした――」

 皆に対して、赤羽は頭を地面に着けていた。

【赤羽】

「すいませんでした……すいませんでした、すいませんでした、すいませんでしたッ……」

【児玉】

「…………」

【野球部】

「「「…………」」」

 そうして暫く、赤羽は……ずっと謝り続けていた。

【赤羽】

「すいませんでした、すいませんでしたすいませんでした、すいませんでした……ッすいませんでした――!!」

 沢山の人へ向けて。その数だけ……。

 きっと赤羽にはこれから、大変な日々が待っている。その苦痛を軽減させることはできないかもしれない。

 だけどお前は独りじゃない。それだけは、分かっていてほしい。

 らしくもない、けど何だか少しらしくも思える、赤羽の慟哭を俺たちは見続けた……。

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