5.28「赤羽」

あらすじ

「――貴方ですよ」砂川さん、獣と対峙。5話の砂川さんは何だか感情的で優しいな、とか思ったりするのはきっと本作に感覚をやられてる5話28節。

砂川を読む

 ……こうして、約2週間という短い中での野球部勉強期間が始まった。

 取った方針は、まず授業をしっかり受け分からないことをメモすることは当然として、放課後になったら集まってひたすら期末対策。基礎⇒応用の順番は崩さないものの、捨てるなんてことはせず試験範囲を徹底して覚えてもらう、慣れてない者にとっては地獄以外の何物でもない時間を下校時間ギリギリまで課す。

 その際、大事なのは分からない問題にぶち当たったときに、如何にスムーズにそれを壊せるか。紫上学園の試験はボリュームが重いので、やるべき対策は多い。時間を浪費している暇は無い。

 よって、3分悩んでも進まなかったら、「教師」に助けてもらう。この「教師」は、本当の教師も暇があれば駆けつけてくれるものの、大半は学生の有志となる。

【笑星】

「えっとね、ここはこうやって……あれ、これでいいんだっけ? ……あ、良かった合ってた~……」

【邊見】

「これは、さっきやってたコレの応用でいけるよ~。こここうして、ポイッとしたら、ほら10秒で終わった~。こういう系の問題は見た目厳ついけど、割とコツ掴んだら得意になっちゃうよ~」

 例えば、1年には笑星や邊見といった実力試験超上位層が、

【深幸】

「これはもう諦めて語呂でも何でもいいから並べて暗記しちまった方がいい。俺はこんな感じで覚えて……」

【信長】

「人名を一度総てノートに書き出して、この人は何をやった人かって口頭で答えられるようにしておくといい。あの先生は論述も出してくるからな、説明には慣れておくんだ」

 2年では深幸が主戦力だ。当然ながら俺も尽力させてもらっている。

【四粹】

「――以上がこの論述での要点になります。長文はまず構造を図に表してから筆者の主張にランク付けをするといいかと」

【六角】

「こうやって、こう!! これで証明は完成だ。大事なのは、抑も何を証明しなきゃいけないのか、問題文を噛み砕くことだな。これは数を積んどけ、思考の経験量で安定するし、最後までいけなくても途中点が貰えやすい」

 3年からは玖珂先輩や六角先輩が助っ人に来てくれていた。それぞれ文系、理系の首席であるからこんなに心強いことはない。

 他にも児玉キャプテンや大橋といった、野球部の中では優秀に位置する面子も教師側に回って解説に奔走する。実際人に教えるというのはそのまま自分の勉強にもなる。何処で躓くかに気付けるから。

 ……そうして、弛まず1週間が経って……

【信長】

「……本当に、ありがとうございます皆さん」

 昼休みに、教師陣が集まってミーティングを開いた。そこでまず、あらためて協力してくれている部外者たちに礼を云う。

【深幸】

「礼を云うなら終わってからにしてくれや。しっかし、最初はどうなるかと思ったが、結構皆伸びてるよな……何か感動するわ」

【児玉】

「ああ。まあ、以前からいつも勉強しろと俺なりに注意してきたんだがな……」

【六角】

「よくやるよな、児玉も松井も。あんなに毎日運動してて、勉強もガチでやるとか。文武両道するんだったらもうちょっと俺加減するわ」

【男子】

「六角先輩だって両立してるようなもんじゃないですか……何で遊び人の風貌漂わせながらあんなに勉強積めるんすか……」

 ……雑談もそこそこに、本題に入る。

【児玉】

「昨日、現状を分析するために期末試験の過去問を皆にやってもらったわけだが……」

【六角】

「もう採点したの?」

【邊見】

「はい~。全員分~」

 結果、皆確かに、得点率をめきめき上げていた。1週間でコレは、大したものだと云える。

 ……だが。

【笑星】

「う~~~ん……まだまだ、平均総得点75%は遠いねー……」

【邊見】

「僕はその、救済措置? ていうのあんまり理解してないけど……確か、前提として野球部の皆、1人残らず全科目50%の最低ラインを越えてなきゃいけないんですよね~」

【六角】

「はぁ、なるほ。全員525点以上目指すってのに気を取られまくってたけど、やってみるとこの前提も結構エグいな」

 ただでさえ勉強してこなかった野球部員たちが、苦手科目をこれまでちゃんと授業受けれてきたかを考えると……それを埋めるのに残り1週間は、とても短いように思えてならない。

 分かってはいたが、厳しい闘いだった。

【信長】

「だが、やるしかない……」

【深幸】

「ああ。気合いは本物だからな、アイツらならやるさ!!」

【児玉】

「試合の為に……あと1週間、教師陣の皆もよろしく頼む!!」

 必ず、越える。

 これまで支えてきてくれた皆の為にも、何より俺自身のケジメの為にも。

【四粹】

「……………………」

【六角】

「……ん? どった四粹? その顔、何か考え悩んでるだろ」

【四粹】

「ああ、いえ……ただ……」

【六角】

「ただ?」

【四粹】

「会長は……どこまでを見据えておられるのだろうか、と」

vsmari

Stage

十字羽大学附属病院 VIPルーム

【鞠】

「……………………」

 ここ1週間ぐらいは紫上学園連中も来なくて、比較的平和だった。まあその分復帰したら仕事の山だけどね。休み過ぎると逆に休めないね本当。此処でやれることは結構やってるし、事務仕事については寧ろ授業出てない分確実に進捗グッドなんだけど、出張系で大いに迷惑かけちゃってる。逆に紫上学園と親しい企業さんとかはこのVIPルームに来てくれたりもする。助かるけど、何かもう色々と恥ずかしい……。

 と、まとめるとやっぱり静かに過ごせてないこの私、もう2日で退院できるってところで山場的な不穏が登場してきて軽く頭痛を起こしていた。

【母親】

「あの、このたびは大ッッッ変なご迷惑を――」

【赤羽】

「…………」

 加害者、保護者と共に参上。

 勿論事前に来るって知らされてはいたけども。態々謝罪しに来たこの母親はちゃんと人間をしているようでちょっと安心。獣ダブルで襲いかかってきたら今の私ひとたまりもないもの。

 ただ、息子さん今自宅謹慎処理してるので、こっちが指示するまであんまり連れて来ないでほしかったんだけど。まあ単純に顔も見たくなかったっていうのもあるから感情的な判断を避けてしぶしぶこの面会を承諾とした。のだけど……

【母親】

「大牙!! ちゃんと謝って――ッ!!」

【赤羽】

「…………」

 頭を下げる母親。

 頭を無理矢理下げられる息子。

 ……こんな中途半端なことされるぐらいなら大人しくずっと引き籠もらせてればよかったのに。母親も自分の子が結構な事件を起こして焦ったのだろう。

 まあこの母親について特に思うこともないし必要も無いだろう。

 ……………………。

 ただ――

【鞠】

「頭上げてください、お2人とも」

【母親】

「……!」

【鞠】

「これ以上、嘘を云われるのは心外ですから、謝罪の言葉など不要です。それにしても……まったくとんでもない集団ですね、野球部というのは。よくあんなたいそうな嘘がつける」

【赤羽】

「ッ――何だと!?」

【母親】

「!? 大牙!!」

 また、手が出そうになってる。

 それは母親が何とか制止したから私には届かなかったが……思った通り、反省できていない。

 間違いを間違いだと認めていない。理不尽だと云わんばかりのふて腐れた態度。

 ……こんなの、見せられたら……。

【鞠】

「流石に……引っ込み思案な私でも、キレますよ……」

【母親】

「か……会長さん……?」

 ベッドから、出る。しっかり立って、目の前の獣に近付いていく。

 今度は手が届く距離。一触即発のこの空気では自殺行為。また誰かに怒られるかもしれない、莫迦な行為だと私も思う。

 だけど……この私にだって、感情を優先したい時だってある。こんな奴に、とも思うが――ダメだ、やっぱり抑える気になれない。

【鞠】

「私は間違ったことを云ってますか? だってそうでしょ? 全面的に間違っていましたと云って土下座までしておきながら、その後に私の所為だと突然云い張って、果てには暴力に頼る始末」

【赤羽】

「!!!!!」

【鞠】

「これは私じゃなくても世間の人たち皆、思うんじゃないでしょうか。紫上学園野球部は、最低な集団だと――」

【赤羽】

「――ぶっ殺すぞ、テメエ!!!」

 また手が出ようとしている。隣、というかもう組むレベルで母親がその手を止めている。私は思いっ切り煽ってるように見えるだろう。母親からすればとんだ迷惑。

 だけど、構わず続ける。目の前で、唾も飛んでくる距離で、私は見続ける。

【赤羽】

「野球部は、そんな集団じゃねえ!! 皆は、嘘ついてでも松井先輩と、野球がやりたかったんだ、甲子園を目指したかったんだ、皆は――」

【鞠】

「…………」

 部長の云っていた通り、か。

 こんな奴のこんな言葉が演技なわけない。つまり本当の言葉。コイツの行動基準といっていい。

 野球部を大切に思い、野球部の皆を大事に思い……だが――

【赤羽】

「皆はッ、少しも悪くねえ!!! 悪いのは――」

【鞠】

「――貴方ですよ」

 ――それが尚一層、私を大変苛立たせる。

【赤羽】

「ッ……」

 出ているのは怒気か。殺気か。隣の母親の表情も視界にチラチラ映りながら……考察するのを放棄して、それよりも。

 目の前の屑に、感情の唾を吐く。

【鞠】

「この際、発端どちらが悪いかはどうでもいい。あの時の野球部の本心はまさにそれだったでしょう。それよりも甲子園を目指せる可能性があるのなら、それに全てを捧げようとしていた。そこは、間違いなく本気だったんです。その希望を……潰したのは、誰ですか」

【赤羽】

「そ…それは――」

【鞠】

「私のことは隅に置いても、その大好きな野球部の皆を、応援してくれていた人達を、書記を! 絶望させたのは、一体誰ですか!!!」

【赤羽】

「ッ――ッッ――」

 ……私らしくもない、てか場所を弁えない、叫び。

 ここで、獣が視線を外して俯いた。狼狽えている……どうやら1ミリぐらいは自覚があったようだ。

 自分が暴力を働いた結果、誰ひとりとして幸せにならなかったこと。自分の行いが、野球部にトドメを刺したこと。

 それに対する理解が少しでもあるなら……この先、苦しんでいく為に必要なものはもう揃っている、としていい。

【鞠】

「……一時的に謹慎を解きます」

【赤羽】

「――ぇ――」

【母親】

「か……会長、今、何と――」

 一転、静かに事務的なことを云い出した私に、俯いていた莫迦とその母親が同時にこっちを向いた。

【鞠】

「6月26日までの間、貴方の自宅謹慎を一時的に解除します。野球部の救済措置について、何か聴いていますか?」

【赤羽】

「救…済……?」

 知らないようだ。

【鞠】

「詳しくは野球部から聞きなさい。そして、必ず私が野球部に手渡した概要をしっっかり読むこと。2ヶ月弱くらいの停学処分は必ず下しますが、いわゆる執行猶予というものを与える、ということです」

【母親】

「執行猶予……ど、どうしてそんなことを……」

【鞠】

「どう解釈していただいても構いませんが、確定なのはこれが紫上会から、赤羽大牙に下す処分だということです。時間的には放課後になるか……今すぐ、学園に行って概要を読みなさい。貴方はお世辞にも、学業成績は良くないのですから」

【赤羽】

「え……ちょ」

【鞠】

「早く行けって云ってるんです!!!」

 追い出すような形で、最後は間抜け面だった問題児を退出させた。

 呆気に取られてた母親に息子の処分内容をまとめた封筒を手渡して、もう来なくて結構的なことを伝えて帰ってもらった。

 ……はあ、終わった……。

【汐】

「……今のが、鞠を殴った男子ですか」

【鞠】

「…………」

 見てたか。或いは聴いてたか。

 どっちにしても以前の発言を聞く限り、ちょっとヤバい状況だろうか。

【汐】

「安心してください、鞠が殺すなって云うなら殺しませんよ。事故装って半殺しにはするかもですが」

【鞠】

「解雇しましょうか」

【汐】

「愛する私を捨ててまで、彼を守る価値あるんですか?」

 貴方を守る価値もそんな無いけどね?

【鞠】

「これ以上厄介な処理とかしたくないんです」

【汐】

「野球部に救いの手ちらつかせておいて」

【鞠】

「小言を云いに来たなら邪魔なので帰ってください。しておきたい仕事はまだ多く残ってるので」

【汐】

「……自分勝手なお嬢様なんですから……」

【鞠】

「お嬢様なんて大抵そんなものでしょう。不服なら転勤を勧めます」

【汐】

「そんな鞠が可愛くて仕方無いのでむしろ契約更新しまーーす!!」

 ……この獣の処理方法誰か教えて。

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