5.23「失墜」

あらすじ

「深幸――俺には、もう、分からないよ……」深幸くん、親友と腹を割って話します。腹を割って話すって表現は思い出し笑いしちゃうのであんまり使わないようにしたい5話23節。

砂川を読む

vsmiyuki

【瑠奈】

「……にーちゃん、きげんわるい?」

【深幸】

「…………」

 早起きしていた瑠奈に、朝食時見破られる。

【深幸】

「……まーなー。にーちゃんは今日ずっと怖い顔かもしれん。ごめんなー」

【瑠奈】

「いーよ! にーちゃん、どんなかおしてたって、いつだってやさしいもん!」

 俺の弟は将来モテ漢に違いない。

【深幸】

「なあ、瑠奈ー。俺ほんと、どうしたらいいと思う?」

【瑠奈】

「のぶにいのこと?」

【深幸】

「何で分かったよ。まあそうなんだが……」

【瑠奈】

「ケンカだったらなかなおり!」

【深幸】

「だなー。それもしなきゃなんだが……それより、俺さ、俺が思ってたよりめちゃくちゃアイツのこと傷付けてたかもしれなくて……取り返しのつかないこと、しちまったんだって」

【瑠奈】

「にーちゃん……」

 終わってみて、気付いた。

 俺は何か、大事なことを見落としていたんじゃないかって。

 だから……あんな結末に至ったんじゃないかって――

【瑠奈】

「あきらめないで、にーちゃん!」

【深幸】

「……瑠奈?」

【瑠奈】

「こういうときって、だいぎゃくてん、するでしょヒーローなら! にーちゃんなら、できるよ! にーちゃんはぜったいヒーローだし、それからのぶにいの、いっちばんの、ともだちだし!」

【深幸】

「……………………」

 ……俺は、何で園児にこんな励まされてるんだ。

 ったく……弱気なんて珍しい。俺らしくもない。

 そうだな、確かにそうだ。

【深幸】

「……確かめるっていうことは少なくともできるもんな」

 動ける最後まで、アイツと附き合う義務が俺にはある。

 となれば……やることは――

【深幸】

「サンキュー瑠奈!! 俺はヒーローじゃないが、アイツはそうだからな。そんなアイツを助けるのが、俺の役目だ!!」

【瑠奈】

「いつものにーちゃんだ」

 朝食を瞬殺、歯磨きも瞬殺、鞄を持ってすぐ家を出た。

 きっと、時間は限られている……だから可能な限り、迅速に行動する。

【深幸】

「(信長……!)」

Stage

松井家

【深幸】

「……ども」

【母親】

「深幸くん……わざわざ、ありがとうね――」

 信長の家に来た。流石に朝っぱらからお邪魔したのは初めてだ。

 ……お袋さんの様子を見るに……

【深幸】

「アイツは、まだ登校してないんすね」

【母親】

「それどころか……部屋から出てくる気配もなくて……」

 来て正解だった。できれば外れてほしかった予感が的中している。

【深幸】

「すいません、お邪魔してもいいですか?」

【母親】

「……深幸くん、信長のこと、お願い……」

 ……………………。

【深幸】

「……お邪魔するぞー寝坊助」

 鍵は、掛かっていなかった。

 単純に、登校拒否をしているわけではないということだ。その姿を見れば分かる。

【信長】

「…………」

 ベッドにもたれ掛かり、床に座り尽くす――

 およそ勝者の姿でなく、俺としても見たことの無い親友の有り様だった。

【信長】

「……深幸、か……」

【深幸】

「おい、お袋さん、心配してんぞ。しっかり起きろよ……朝なの、分かってるか」

【信長】

「朝……そうか、朝か……」

 極力動揺を外に出さないようにしながら……会話をしてみる。

 会話は成り立っていた。

 だが信長が動く気配は一向に見られない。

【深幸】

「夜、ちゃんと寝れたのか?」

【信長】

「…………覚えてない」

 これは……俺が、耐えられない。

 かつて煌めきに溢れていた俺のヒーローは、もうそこには居なかった。

【信長】

「……なあ……深幸……」

【深幸】

「どうした……?」

【信長】

「俺は、ずっと……勝負の為に、生きてきたんだ……深幸はそれを……知ってたか……?」

【深幸】

「…………」

 文脈が、飛んだ。

 だけど附き合うしかない。今の俺には、今の信長を、理解できないのだから。

【深幸】

「……ああ、少なくとも俺がお前と連むようになった時からは、相当に負けず嫌いだったよな」

【信長】

「違うんだ」

【深幸】

「え――」

【信長】

「違うんだよ深幸……そんなものじゃないんだ、俺は……勝負が大切なんだ、大切にできない人生なら死んだ方がマシだ……!」

【深幸】

「――――」

 そう、理解、できないのだ。

 お前は一体、何を云ってるんだ……?

【信長】

「ずっと、そう生きてきたんだ……俺の心臓は、勝負なんだよ……深幸も、これは分かってくれないと思う……俺も分かってるんだ……」

【深幸】

「…………」

【信長】

「野球じゃないんだ……勝負なんだ、俺がずっと大切にしてきたのは。紫上会じゃない、実力試験なんだ、俺が見据えてきたのは。深幸が、紫上会への道を俺に教えてくれてからは、特に後者に惹かれていったよ、数百人の一斉勝負! その中で、特に第2学年でただ1人がなれる会長の席に座った者は、「覇者」とすら呼ばれる……震えたよ、この席を勝ち取れたなら、一体どれだけの感無量なのだろうと……」

【深幸】

「……ああ、知ってる……俺はそれを、知ってるだろ信長……?」

【信長】

「何となく始めた野球よりも、ずっと明確な勝負だった……だから、この青春最大の時間と魂を、実力試験、そして紫上会に捧げようとずっと思ってきたんだ」

【深幸】

「知ってる、筈だろ? 俺はそれを……お前の隣でずっと見てきたんだから」

【信長】

「……ああ……本当に、お前には感謝してもしきれないよ……」

 虚ろな目が、俺に感謝を捧げる。

 そんなの……全然嬉しくねえよ。そんなこと云ってる暇があるなら元に戻ってくれよ。

 そして、俺が理解できていないのは何なのかを教えてくれ。

【信長】

「……しかし、会長になれるたった一度の勝負で……俺は敗れた」

【深幸】

「砂川に……だよな」

【信長】

「ああ。完敗だった……」

 そんなの、仕方無い。惜敗じゃない、完敗。勝てるわけがない相手だった。全試験問題に手を着けて満点を叩き出すような怪物は、間違いなく実力試験史上ほかに居ない。

 その点では、俺たちは、ただただ運が悪かったんだ――

【信長】

「――運が良かったな、って俺は思うんだ」

【深幸】

「……………………」

 ……………………?

【深幸】

「……――は?」

【信長】

「俺は本当に、幸せ者なんだよ、深幸。お前に会えて……会長に、負けて」

 ――見つけた。

 ここだ。

 俺の……見落としていた箇所は……。

【深幸】

「どういう、ことだよ……それ……」

【信長】

「負けるとしたら、深幸か、村田だと考えてはいた。だが……実際に勝ち取ってしまったのは転入生で、それもこの最大の勝負の価値も知らなくてさ。正直、そんな巫山戯た話があるかって思ったよ流石に。生まれて初めて、人を本気で恨みそうになった……それは俺の代わりに深幸がやってくれていたが」

 文脈が、分かりづらい。

 俺の疑問に答えようとしているのかしてないのか……フラフラと揺らめく信長のか細い声が、話を続けていく……。

【信長】

「けどな、六角先輩が……内緒で俺に、会長の答案用紙を見せてくれてな。それに、堊隹塚先生が会長に過去問をありったけ渡したというのも知って、本気で勝ちに来たんだって……それだけは感じた。だから、かな……この人は俺に対する勝者であり会長はしゃなのだと認めなければ……俺はこの、懸けてきた総てを裏切る・・・ことになる。だから今まで、反対なんてしてこなかったんだ」

【深幸】

「……………………」

 云ってることが、分かるようで、分からない。

 価値観の……違い。そんなのあって、当たり前なのかもしれない。

 だけど俺は驚いていた。ここまで、根本的な何かに気付けていなかった……理解できていると確信していたから、見ようともしてなかったんだ。

【信長】

「最初は、苦だったかもしれない。けど、それはあっという間に無くなったよ……救われた。会長に」

【深幸】

「……は?」

【信長】

「最初は紫上会なんてものに入れられて、沢山の人間から根拠に欠けた罵倒を受けて……でも、突然逆転した。覚えてるか? あの時……初めて会見を開いた時の、会長の言葉を」

* * * * * *

砂川紙吹雪

【鞠】

「何で敗者が勝者に口出ししてるんですか」

* * * * * *

【信長】

「あれを聴いた時……俺は、震えたよ。その直後、敗者たちは殲滅されていった……野球部も薙ぎ払われた……その様を見て、打ち震えた……!」

【深幸】

「信…長……?」

【信長】

「実力試験で圧倒的な力を見せつけた者に相応しい絶対的強者の、不動の貫禄! 野球部が廃部に追い込まれてしまって、甲子園への道まで閉ざされるのは流石に予想外であったけど……それ以上に感動した。こんな凄い人に俺は負かされたのだと……敗北は悔しい、だがこの敗北には神聖さすらあった……この価値は、何を捨ててでも守り続けなければならないと」

【深幸】

「何……云ってんだよ……お前……」

【信長】

「……だから、俺はこの会長のもとで、紫上学園最後の1年を過ごそうと決めた。その為には――反抗勢力と化した野球部と訣別しなきゃいけなかったんだ」

【深幸】

「ッ――!」

 ……だから、野球部を辞めたのか……?

 いや、だけど……! だからに至るまでが、まだ理解できてねえ……!! 何だ……何なんだ、コレは一体……!!

【信長】

「――会長は、こんなおかしい俺の、取捨選択を理解してくれた唯一の人だよ」

【深幸】

「――――」

 ……理解した?

【信長】

「父さんや母さんよりも、野球部の皆よりも、深幸よりも……俺のことを、理解してくれた。俺にとって大事なのは野球じゃなくて、勝負なんだって」

 アイツは……今のコイツが云ったことを、分かってるっていうのか……?

【信長】

「最も大切にしてきた勝負を、得られなかった勝ちを、背負うことになった敗北を、大切にしたいっていう……お前ですら分からない俺のことを、唯一分かってくれたんだ。嬉しかった……心の底から、感動したんだ。しかも会長は……俺を、守ってくれた。こんな幸せなんだ……この道は、間違ってない!」

 おかしい。おかしいよ、絶対に。

 どうしても、分からない。俺には理解できない。ずっとお前を見てきた筈なのに。

 お前は、おかしい――!!

     

【信長】

「――筈、だったんだがな」

 ――そう、おかしい。

 それは、俺がどうこう云う以前に……本人が、分かっていた。

【深幸】

「え?」

【信長】

「俺を助けてくれって母さん達が、野球部の皆が頭を下げてまで会長に頼み込んでいる姿を見て……思ってしまったんだよ、俺は……」

【深幸】

「…………」

【信長】

「また、野球ができるかも……なんて――」

 やっと、俺の分かる言葉が出てきた。

 俺がずっと理解してきたお前が。

 それは……決して、間違いじゃ、なかったのだ。

【信長】

「会長を愚弄した、赦されざるべき野球部が生き返るかもしれない……また皆と一緒に闘えるかもしれないと……それは、最早――」

【深幸】

「――お前が野球を好きじゃない、なんて……そんなこと、あるわけねえじゃん。俺は知ってる。お前は……野球バカだよ。負けず嫌いの野球バカなんだよ。絶対に……」

【信長】

「――そうなんだな……俺は……いつの間にか、勝負の思想とは別に、野球を……紫上学園野球部を好きになって、たんだな」

 何でそんなことが分からなかった?

 ……それは、俺には分からない。ただ……俺も知らなかった、松井信長という人間の感性ならではの線引きがあったんだろう。

 独特過ぎて……本人ですら把握しかね、混乱してしまうほどに。

【信長】

「それは最初、気付いた時にはほんの少しだったんだ。だけど……時間が経つにつれて大きくなって……無視、できなくなって……会見では……」

【深幸】

「…………」

【信長】

「ダメ、だった……最悪なことを、俺はしたんだ……」

 ……信長が、俺を見るのをやめて、俯いた。

 近付きたい。今すぐにでも立ち上がらせたい。

 だけど近付けない。今、俺たちの間には……無視のできない壁ができていて……

【信長】

「最も尊い筈の会長を裏切って……」

* * * * * *

【鞠】

「……嘘つき……」

* * * * * *

【信長】

「会長を――傷付けた――」

【深幸】

「……嘘つきって……そういう、ことかよ――」

 分かるわけねえだろ……そんなの。

 じゃあ、何だ。俺たちが。野球部が。応援してくれた皆がやってたことって。結局何だったんだ?

【信長】

「深幸――俺には、もう、分からないよ……選んだものも、捨てたものも全部、無くなってしまって…どこを歩けばいいのか分からないんだ。どこを見ればいいのか分からないんだ」

 この結末を作ったのは……他でない、俺たちだってのか……?

【信長】

「何も……分からなくなってしまったんだ……」

 俺たちが――ここまで信長を深くまで傷付け苦しめたっていうのか――?

【深幸】

「俺の……所為、じゃねえか……俺がお前の選択を真っ向から否定して、諦めなかったから……」

【信長】

「…………違う。深幸は、俺のことを深幸なりに思ってくれたんだろ。喧嘩はしてしまったけど、嬉しかった……どんな俺でも俺たちは親友だって云ってくれて、嬉しかったんだ。だから――」

【深幸】

「なら!! お前のこの惨状は、何だよ!! よく分かってない……分かってないけど、お前がすっげえ決死で退部したんだってのは分かる……それを、惑わせた……だからこんなに泥沼になったんだ!!」

【信長】

「……深幸……」

 何が、懐刀だ……その刀で、信長を屠ったんじゃないか……俺が――!

 俺が……

【深幸】

「俺が……間違って、たんじゃねえか――」

【???】

そんなわけない!!!

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