5.17「部長の決断」

あらすじ

「情けないったら……ありゃしねえ――」野球部、必死に必死に考えます。作者は総じて体育が苦手ですが、特にサッカーでリフティング10回の実技テストが鬼門過ぎて放課後居残りまくった5話17節。

砂川を読む

vsother

Stage

野球部室

 ――穴が開いた。そんな感触だった。

 この日は日曜日。日曜日だろうと野球部は練習する。当たり前だ、甲子園を目指すのだから、毎日精進の限りを尽くさなきゃならない。

 ……そう、甲子園の為に。

【監督】

「もうエントリー日が、近付いてきてる」

 それは誰もが認識していた、本来そこまで俺たちが意識することではない段階。

【監督】

「……練習が、現実離れの道具になってねえか?」

 この朝、監督は告げた。

 それはつまり……

【男子】

「無駄じゃないかって……ことですかっ……!」

【監督】

「……そうだな、ざっくり云っちまえば……現状そうなるだろうよ。説明するまでもないだろ、児玉よ」

【児玉】

「…………」

 俺たちは、6月に入って始まった、甲子園予選のエントリーを済ませていない。

 始まったばかりならまだ遅れていないだろうか? いいや、俺たちは提出する見通し一つすら立てられていない。これは決定的に致命的に遅れていると云わずしてどうする。

 そう……練習をしている場合ではない状態。

【男子】

「そうなるのは……分かってたことだ! こっからだろ!!」

【男子】

「ああ! 何とか、何とかあの野郎を、会長じゃなくするんだ、せめて松井と入れ替えるようにすれば……」

【男子】

「今なら皆に呼びかければ、その運動も起こせるんじゃないか……? 多人数が集まれば流石のアイツだって、黙ってはいられない筈だ。絶対、俺たちの前に姿を現すさ……!!」

 そう。俺たちは紫上学園で過ごしてきた。だから紫上会に反抗するということが如何に大変なのかはやる前から分かっていたことだ。

 それでも、やらなければいけなかった。俺たちの“故郷”を守る為に、残る俺たちだけは絶対に屈しては――

【男子】

「――もう、やめませんか?」

 ――そう、同じ考えを上塗りしていたところに、1人の部員の声が、不思議とよく俺の中に入っていった。

【児玉】

「――――」

 穴が開いた、そんな感触だった。

 元々罅入り、崩れかかっていた壁に、空気が直線を描いたまま貫通していったような。

 そしてそのまま……静かに壁の中心が崩れ消えていくような。

【男子】

「お……おい……お前、阿部、何云ってんだよ!?」

【男子】

「もうやめないか、って……云ったんだ」

【男子】

「裏切る気か……お前!?」

【男子】

「裏切るって、云ってもさ……」

 阿部に続いて、大橋もが、異端の言葉を紡ぐ。

【男子】

「今もこうしてるっていうのが、松井への裏切りなんじゃないかって……俺は思います」

 それもまた、俺の中の壁のようなものを溶かす、決して脆弱でないものだった。

 言葉を失う俺たちに対し……2人は、後を続ける。

【男子】

「いや、確かにさ、砂川のことは気にくわないよ。そこは絶対、皆と同じだ。でも、野球部だけじゃなくてさ、実際誓約書を渡した皆だってやっぱり同じこと思ってるって!」

【男子】

「それでも皆、渋々誓約書を受け入れたのは……紫上会は、砂川だけじゃないって思ったからじゃないかって」

【野球部】

「「「ッ……!」」」

【男子】

「玖珂先輩が居て、堊隹塚や茅園が居て……そんで、俺たちが最も信頼する信長だって居る!! 凄え面子じゃんかよ!」

【男子】

「俺たちの上に居るのは、砂川っていう会長じゃない、紫上会の5人なんだよ!! 紫上会は5人……だから、皆は諦めたんじゃない、信じたんだよ……! 今年度の紫上会を」

【児玉】

「阿部……大橋――」

【監督】

「…………」

【男子】

「すみませんキャプテン、いきなり勝手なこと云って……でも、もう一つ、云わせてください、キャプテンだって分かってるでしょ――どんな過程があったにしても……事実として誓約書を渡さなかったっていう野球部おれたちの判断、アイツの最後の夏を奪ってしまってるんだって」

【男子】

「まず考えを改めるべきは……信長に為に改めるべきは、俺たちなんじゃないでしょうか」

【赤羽】

「ッ――俺たちが、謝るっていうんすか!? 冗談じゃねえ!! あんな、あんな芋野郎に屈するとか、そんなの有り得ねえ!!」

【男子】

「……赤羽、有り得ねえっていうのは……これまでの俺たちだったのかもしれねえよ」

【赤羽】

「――木村?」

【男子】

「「「…………」」」

【赤羽】

「おい……皆、まさか本当に……――キャプテン!!」

【児玉】

「…………」

【赤羽】

「ッ――」

 ずっと、悩み苦しんでいた。松井が来年にはもう此処に居ないと聞いてから。

 俺たちは……じゃあ、だったら、この1ヶ月以上の足掻きは何だったんだ! あの時の決死の判断は何だったんだ! あの時の悩み苦しみ勇気を出し皆で打ち出した決意はッ!!

 全部……無駄だったのか――?

 アイツの声まで無視して、誓約書を渡さなかったっていうのに……今更それをひっくり返すのか?

【児玉】

「情けないったら……ありゃしねえ――」

 だが。

【監督】

「そういやよ、こんなのお前らに云ってもあんま関係無いんだが……」

【児玉】

「? はい……」

【監督】

「野球部に来てたテレビの取材、断ったら理由訊いてきてな、今年は野球部廃止状態なんだって答えたら……今度はそれに至った理由をインタビューさせろとか云ってきてな。受けるか?」

【児玉】

「…………」

 今のこの現実から浮いた足掻きに比べたら……

 頭すら地面に着けた足掻きには、価値が無いだろうか。

【児玉】

「……俺たちは――」

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