5.15「理解してくれる人」

あらすじ

「彼が欲しかったのは紫上会の椅子じゃなくて、勝利ですッ……!!」砂川さん、怒ります。砂川さんが男性陣を差し置いて男前なことになってる気がしなくもない5話15節。

砂川を読む

【信長】

「あ……そういえば阿部、この前辞書借りたけど、それまだ返してないよな?」

【男子】

「ん? ああ……そういや。普通に忘れてたわ」

【信長】

「待っててくれ。今持ってくる」

 パーティー会場を離れ、俺は2階へ昇る。

     

【???】

「――川さ――願い――」

【信長】

「ん……?」

 自分の部屋へ入ろうとしたその直前……俺は音を拾った。

 声……話し声が、聞こえる。

 これは……両親の部屋からだ。

【信長】

「そういえば、全然姿を見せてなかったけど……外出してたんじゃないのか」

 では、誰と話してるんだ?

 無性に気になって……あんまりやってはいけないと分かってはいるが、壁に寄った。

 うちはあまり防音が優れていない。だから集中すれば、内容も聞き取れた。

【信長】

「……ッ――!」

vsmari

【鞠】

「…………」

 今、私は2階の寝室に通されていた。

 誰の寝室かというと、ベッドの大きさからしてご両親のだろう。元々大きい部屋でないから、ダブルベッドや衣装棚を置いた時点で、通行性を考えるともう家具は置きたくない。

 そんな場所に、今私は正座しており、対するは同様に正座しているご両親。はっきり云って狭い。そして圧迫感凄い。それから逃げられない感も凄い。

 まあそんなの、会計から話を持ち込まれた時点で分かっていたのだけど。書記の母親はあろうことかPTAの上層部だった。例年交流が深い相手……なので「話を聴いてほしい」とお願いされたら、断るわけにもいかなかったのだ。私が今回お呼ばれに応じた理由はただそれだけである。

 ただでさえ既に前会計の人に酷い辱めを受けてダメージ甚だしいのに、これから私はほぼ見知らない大人とどんな会話をするんだろう。とちょっと怯えてたんだけども……

【母親】

「砂川さん……お願いします……!」

【父親】

「野球部を、助けてやってくれませんか……!!」

 何てことない、書記の両親らしい話題だった。ぶっちゃけ予想していないわけではなかった。

 ご両親がどんな性格をしているのかが分からなかったので、本当にこの話題だったとしても高圧的な態度とか会話できないモンペアとかだったらどうしようって心配してたが、超年下の女子に頭を下げる人達だ、杞憂だろう。

 ……ただ、その分やりにくい相手でもあるから結局私は苦労する。

【鞠】

「……野球部が今年度部活から同好会のようなものへ変わっているのは、御存知なんですね」

【母親】

「はい……息子は何も教えてくれませんでしたけど、他の保護者の方々から事情は」

 となると……私が真理学園から来てるっていうのも知ってるかもしれない。警戒度が増す。

【母親】

「あの子はずっと野球が好きで……全力でやってきました、甲子園を目指すと云って。それと一緒に、勉強もずっとやってきたんです、紫上会の会長を目指すなんて大きなことを云って。最初は欲張りなことを云って、中途半端になったらどうするんだって云い聞かせたんですけど……あの子は本当に、どちらも力を付けた。どっちも欲しかったんです」

 しかし……私に対するコメントは、全く出てこない。息子の話が続く。

【母親】

「軈て、私は思うようになったんです……これなら本当に、あの子は甲子園にも行けるかもしれない。紫上会の会長にもなれるかも、と。事実、1年の頃は学年1位でしたから」

【鞠】

「…………」

【母親】

「しかし……会長には、残念ながらなれませんでした。こればっかりは仕方無い、とあの子は云っていたけど……でも、ずっと頑張ってきたものだから、悔しかった筈です。だから、その分甲子園に出れるよう頑張る、と最初は気合いを入れ直してました」

【父親】

「……空元気、だったのかもしれないけどね。そう簡単に割り切れるわけがない。引き摺って当然の悔しさだ。けど、それをバネにして、もう一つ同様に頑張ってきた道に挑戦してほしかった。私たちは、背中を押しました。……しかし」

【母親】

「しばらくしないうちに……あの子の活気は消沈したんです。これまでの元気を無くして登校するようになり、帰ってきても心ここに在らずで」

【鞠】

「消沈、ですか」

【母親】

「恐らくは……野球部が無くなってしまったタイミングかと……」

【父親】

「……私たちは、親ですから。子どもが一体何にどれだけ懸けてきたかを一番分かってやっているつもりです。だから……会長になれなくて、甲子園にも出れなかったら……一体息子は何の為にこれまでの時間を犠牲にしてきたのか! ……来年は、私の都合で移住をすることになってしまった……甲子園への道があるとしたら、それは今年しかないんです、会長」

【母親】

「あの子の夏は、今年が最後なんです。だからこの夏はどうか可能な限り本当に全うしてほしい……! その為に……どうか、野球部を復帰させていただけないでしょうかっ、せめて甲子園へ挑戦させてほしいんです――!!」

 結局本当に、私の話題は出なかった。つまり、この人たちは本当に大人で、彼の保護者で、何を主張すべきかを明確に分かっている人達なのだ。

【鞠】

「……」

 だけど……きっと良人なこの2人の話を聴いていて……あろうことか。

【鞠】

「ッ――」

 何でだろう、私は――この時間で一番、苛立っていた。

vsnobunaga

【信長】

「…………」

 そうか――この為に、会長は呼ばれたのか。

 そんなこと・・・・・をお願いするために。

【信長】

「父さん……母さん……」

 俺は、そんなに2人に心配されていたのか。そんなに思い詰めさせていたのか。

 2人だけじゃない。俺の周りには、沢山の友達や、応援してくれる人達がいる。その人達が今、野球部のことで、俺のことでとても悩んでしまっている。

 俺の為に。

 俺を、甲子園にと。

 俺が、野球部であるようにと。

 それは――

【信長】

「ッ――?」

 え?

 は? 俺は、今……。

 何を思った・・・・・――?

【鞠】

「ッ――彼が……」

【信長】

「……!」

     

【鞠】

「彼が好きなのは……野球、じゃないです」

【父親】

「え――?」

【鞠】

「勝利です……! 彼が欲しかったのは紫上会の椅子じゃなくて、勝利ですッ……!!」

【母親】

「砂川、さん……?」

【鞠】

「だから、彼は実力試験の覇者である私の方向性には基本口を挟んできません、それは、実力試験という神聖な場を、勝敗の摂理を穢さない為だと考えます!!」

【父親】

「そ、それは……それはどういう――」

【鞠】

「ならば、もしここで野球部を復帰させるという論理から外れたことをしでかしたら……私は、私は――彼にぶん殴られても、仕方無いって思います……!」

【父親】

「――――」

【鞠】

「全力で勝負した敗者に……じゃあ勝ちをあげるよ、って云ってる行為、ですから。これは、最低なんです。彼を侮辱するに等しいことです……私は…私はッ、そんなこと、したくない……」

【母親】

「――砂川さん……」

     

【信長】

「…………」

 抑えている。けど、激昂した声だった。

 会長は……怒ったのかもしれなかった。俺の両親のお願いに。

 だとしたら――矢張り、会長だけは、俺の勝者だった。

【信長】

「……そんな人に、俺は負けたんだ」

 とても悔しい、だがとても栄光のある真実。それをねじ曲げるような、ことだけは……

【信長】

「……ッ……」

 ことだけは――

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