5.10「ギクシャク」

あらすじ

「……肉……焼いてみるかな」信長くん、新しい自分探し。肉は和牛よりも輸入肉の方がヘルシーだって何処かで聞きました5話10節。

砂川を読む

Stage

紫上会室

 ……紫上会室に到着。

【笑星】

「……!!」

 今日は雑務と副会長が先に来ていた。雑務は書記を見た途端、駆けてきた。犬か。

【笑星】

「松井先輩、久し振り!」

【信長】

「え……ひ、久し振りってほどか……? 確かに昨日は来なかったけど……」

【笑星】

「1日見なかったら充分久し振りだよー……俺結構心配したんだから……」

 流石に1日でそれはないと思う。

【笑星】

「それで、松井先輩、野球部に戻る気は……?」

【信長】

「無論、無いよ」

【笑星】

「何で無論なんだよー……」

 ナチュラル且つダイレクトに問題を突いてきた雑務。私が遮断する暇すらなかった。

 だけど書記の決心は、凄まじく堅い。

 ……その理由を知っているのは、彼の発言から察するに私一人、なのだろう。

【四粹】

「意思は変わらず、ですか」

【信長】

「はい。……2人は、深幸と同じ考えでいるんですね」

【笑星】

「うん。絶対、甲子園に松井先輩を連れて行く!」

 何で野球部ですらない奴がその台詞を云う。

【信長】

「フフッ……ありがとな、笑星。俺の為に走り回ってくれるのは普通に嬉しい。けど……野球部は今年度存在しない、それが真実だ」

 ……「勝者の理によって、定められた現実」。

【信長】

「それを受け入れなければ、俺はそれこそ無駄な夏を過ごすことになるんだよ」

 「敗者としてこの現実を受け止めなきゃいけない。でなければ、彼の人生観ほんしつに背くことになる。それは、もう彼の人生じゃなくなってしまうかもしれない。」

【笑星】

「……ワケ分かんないよー……」

 当たり前だ。私と同じ視点に辿り着けなければ、この男は絶対に理解できない。

 雑務も副会長も、会計でさえも、辿り着いていない。

 だから彼らは……今、書記にとって「敵」だった。

【鞠】

「……?」

 リビングエリアで寛ぐ雑務らから離れて、書記はキッチンに立った。

【笑星】

「……どしたの?」

【信長】

「料理してみようと思って」

【笑星】

「……なんで?」

【信長】

「やることがなくなっているのも事実だからな。別の何かを探そうと思って」

【笑星】

「野球の、代わり?」

【信長】

「いや。会長の役に立つ為の、何かさ」

【鞠】

「…………」

 だからそういう顔、やめて。

 あの書記に関わってると、何だか雑務や会計に絡まれるよりも調子が狂わされる感じがするので、いつも通り仕事しようと思った。仕事エリアへ。

 ……仕切りカーテンは広げずに。

【鞠】

「(まあ……ギクシャクはしてるわけだし)」

 喧嘩したいわけじゃないから表面上は互いに穏便を心懸けているようだけど、実際敵対構造だ。緊張状態に違いない。いつ爆発して、書記が攻撃されるか分かったものじゃない。

 作業の集中力は削がれるけど、仕方無い――

【鞠】

「……仕方無いって」

 私じゃなくて、書記の為に加える作業は、私にとって仕方無いことなのだろうか。

 依然私もまた混乱している一人、ということなのだろうか。

【信長】

「……仕事の合間にとる軽食には、何がいいだろうか」

【笑星】

「えっ、決めてないの!? 普通料理するんだったらまずキッチンに立つ前にレシピ決めるよ!?」

【信長】

「抑も会長の好きな物を俺は全然知らない……はちみつレモンとか、喜んでくれるだろうか……」

【四粹】

「……運動した後なら、良効果かもしれませんが」

【信長】

「……肉……焼いてみるかな」

【笑星】

「発想が部活終わりの腹ぺこ男子だよ……!! 鞠会長は女の子だよー……!! もう、ほんと野球部戻ろうよー!!」

 野球部問題において、書記と野球部が敵対状況になっているならば。会計らが野球部側に附いて……

 私はどちらに附く?

 それは明白、私は野球部と敵対関係、故に敵の敵は味方みたいな要領で書記側に立つことになる。だから……

【鞠】

「……………………」

 ……だから?

 だったら、混乱する意味は何処にある?

 すなわち……私が、書記側に附く理由は――

【深幸】

「うーっす」

【鞠】

「……!」

 思わず作業の手が止まる。

 爆弾筆頭が来た。

【信長&深幸】

「「…………」」

 刹那の沈黙。

 長時間の生き地獄で滲み出そうな発汗。

 そういった空気の豹変を全員が感じながらも……会計はリビングエリアにテキトウに鞄を放り投げた。

【笑星】

「お……おかえりー茅園先輩!」

【深幸】

「ああ。……って、何だよおかえりって。家かよ」

 雑務が着火防止に走った。

【笑星】

「まあ、授業終わったら毎日ここ来てるんだし、実質そんなもんじゃないかなーあはは!」

【深幸】

「そんなもんかねぇ……ま、それでもいいかもな」

【信長】

「……………………」

【四粹】

「……甘いお菓子、というのはどうでしょう?」

【信長】

「え?」

【四粹】

「何か作るのでしたら、お菓子や軽食ではどうかなと。仕事には糖分が必要ですから。しかし今から作るとなると時間が微妙ですから……例えばホットケーキの粉を買ってくれば、割とすぐに出来上がりますよ」

【信長】

「なるほど……! パンケーキですね。ちょっと買ってきます!!」

 さぞおモテになるであろう副会長渾身のアドバイスを受け、グダグダな書記はホットケーキの粉を買いに走って行った。脱出とも云う。

【深幸】

「……何やってるんだか」

 そこで初めて、会計が親友にコメントした。意図的に会話は避けたのだろう。

【笑星】

「はー……ビビったぁぁぁ……」

【深幸】

「別に狙って空気悪くするつもりはねーんだけどな……すまん。アイツとこういう感じになるのなんて、初めて過ぎて俺もどうしたもんか分かんないんだ」

【笑星】

「ううん、先輩が悪いんじゃないもん。悪いのは松井先輩だしー。料理に目覚めそうだよあの4番エース」

【深幸】

「……アイツ確か家庭科が一番苦手だったような」

【笑星】

「男は仕事、ってタイプなんだねー……エプロン姿ビックリするぐらい似合ってなかったもん……」

 ホットケーキが完成したら私はそれを食べなければいけない感じなんだけども。

 ……ええー、それは要らないんだけど……。

【深幸】

「っと、アイツの奇行はどうでもいいんだよ。笑星、玖珂先輩、ちょっと」

 3人は何やら話をし始めた。コソコソ話ってほどじゃないけど、距離関係上、私の耳には届かない。

 ……今のうちに仕事に集中しておこう。余裕は断じてないのだから。

【鞠】

「……そろそろ修学旅行の方も、進めておかないと激ヤバ……」

【笑星】

「おー……それいいね!」

【四粹】

「特に予定はありませんから、手前は構いませんが……手前も誘いいただいてよろしいのですか?」

【鞠】

「でも、現時点で既に文化祭の方が激ヤバ……」

 ははは、笑えてくる。表情筋に力入らないけど。

 まあ、嘆いてたって仕方無い。どっちもヤバいなら、どっちもやればいいだけだし。夏休み前にまたお泊まり合宿かな……。

【深幸】

「……会長」

【鞠】

「――?」

 と、デスクに広げた仕事空間に視界総てを費やしていたところを、声を掛けられ視線を上げる。

 気付けば会計が目の前に立っていた。

【鞠】

「何でしょう」

【深幸】

「いや……何つーか、会長にメリットが無いお願い事があるんだが……」

 ……………………。

【鞠】

「…………」

 えー……ホントに、メリット無いじゃん。

 だけど……

【鞠】

「分かりました……時間を空けておきます。場所を教えてください」

【深幸】

「うっし、サンクス! あー無駄に緊張したぁ……ったく、あの人達も何考えてんのかねー……」

 その人達が私に用があるというなら、仕方無い。

 私が緊張しなきゃいけないのは、これからだった……。

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