5.01「幸福ゆえに」

あらすじ

「……俺は、幸運だったということだ」信長くん、いきなり決断を下します。作者的に鬼門の1つな、それほど楽しくない5話の始まり、1節です。

砂川を読む

vsnobunaga

【信長】

「……ごちそうさま」

【両親】

「「…………」」

 夕食が終わった。

 それはすなわち、俺にとっての一日の終わりを示していた。

 2階へ上がり……自室に籠もる。

【信長】

「……勉強でも、するか」

 実際まだ寝るには早いし、次の実力試験への備えは可能な限り積むのがいいだろう。

 何と云っても俺は紫上会、紫上学園生の見本となるべき立ち位置にあるのだから。

【信長】

「……………………」

 だけど、今この時間を、俺は変わらず持て余していた。

 意義ある筈のことをしているのに、これまで手に入れていた筈の感触を、失っていた。

 かつての俺を……俺は、失っていた。

【信長】

「まぁ……仕方無いさ」

 この決して小さくない喪失を俺は受け入れていた。

 何故なら、この喪失には、価値があるからだ。

 ――俺は、負けた。

* * * * * *

砂川勝利

【宮坂】

「実力試験――究極の勝者はッ!」

【信長】

「砂…川……さん――?」

【宮坂】

「2D、砂川鞠――!!!」

* * * * * *

 恐ろしい現実だった。何より、誰もが全く予想だにしなかった結末だった。ある意味、それは本人にとってもだ。

 だから、最初は……嫉妬とは違うが、恨みめいた感情は、きっと何処かにあっただろう。一方、彼女が勝者で、俺は敗者……それがあの神聖な戦いの結果なのだから、俺はそれを受け入れたかった。

 葛藤の期間は、確かにあった。

 だが――

* * * * * *

砂川紙吹雪

【鞠】

「――何で敗者が勝者に命令してるんですか?」

【後ろの人達】

「「「――!?!?」」」

【出席者】

「「「!?!?!?!?」」」

【鞠】

「敗者はどう足掻いたって敗者でしかない。当たり前でしょう? 強者こそが、勝者こそが正義なのだから」

【児玉】

「ッ……貴様――」

【鞠】

「百歩譲って唯一マシだった声に応えましょう。廃部処理の話です。知っての通り、紫上学園の組織の大半は紫上会の管轄下に位置づけられています。部活動は漏れなくその例です。そして紫上会と各組織は年度始めにその関係を承諾する意味で、誓約書のやり取りを行うわけです。貴方たちの組織は、この紫上学園で部活動をする資格を持たない。これも当たり前ですね?」

【学生】

「は……はぁ――!?」

【鞠】

「暴挙と云いますが、これはごく自然なやり取りに含まれるでしょう。実際、私が野蛮云々と一切関係無い過去の紫上会においても、この処理をくだした前例が存在します。誓約書提出の期限は今週19日金曜日迄。提出は、この私に直接部長が手渡しする以外一切認めません。また、誓約書不提出の組織は即刻紫上会不誓約の無許可団体と見なし、これ以上の警告無しに許可団体の登録を抹消します」

【学生】

「そ…そんなの――横暴だ!! 自分が認められないから、その腹いせで勝手にやってることじゃないか!!」

【鞠】

「勿論、これは貴方たちの放課後を束縛することではありません。野球がしたいなら勝手に人を集めてやればいい。但し、それはただの放課後の集まりでしかなく、紫上学園の保有する団体では断じてありません」

【信長】

「ッ……つまり……それは――」

【児玉】

「試合を組ませないつもりか!! この外道が!!」

【鞠】

「組めるなら組めばいいのでは? ただそこに紫上学園は関与しない、それだけの違いです」

【信長】

「ま、待ってください会長……!! 学園としてしか……公式試合には出れません!!」

【鞠】

「困るなら、解決は簡単なことです」

【児玉】

「――!?」

【鞠】

「誓約書を、部長が、私に、手渡せばいいんですから」

* * * * * *

 俺は言葉を失った。

 俺は何も分かっていなかった。彼女が勝者だということを分かっていなかったんだ。

 そう、勝者。彼女は勝者。

 絶対的な勝者。俺を負かした人は、決して誰もが到達できるわけでない領域に立つ、絶対的な、勝者!

* * * * * *

【鞠】

「……(←パシャリ)」

【学生】

「ひ――ひいぃいい……!!?」

【鞠】

「……他にも共犯の学生が居ますが、まあ映像の画質を考えたら9.9割がた特定できるでしょう。厳重注意という名の長時間説教は教師にでも任せるとして……学園設備の毀損及び不当な方法で紫上会に攻撃を仕掛けるに飽き足らず、紫上会の面子に――というか1人の学生に甚大な心的ダメージを負わせた貴方がたには、少なくとも全恩恵の剥奪、可成りの可能性で停学、私の匙加減によっては退学処分が待ってるので、まあ明日を楽しみにしておくように。以上」

【学生】

「「「――――」」」

【鞠】

「ごきげんよう」

* * * * * *

     

 立ちはだかる無礼者を容赦無く殲滅し、

     

* * * * * *

【司会】

「圧倒的強者!! 圧倒的会長!! 毅然とした態度で、我々一般学生を見下しています!! これが……この煌めきが、今年度紫上会会長、砂川鞠さんです――!!!」

【観客】

「「「うおおぉおおおおおおおお!!!」」」

【観客】

「「「会長!! 会長!! 会長!! 会長――!!」」」

* * * * * *

 場の空気を全て染め上げ、屈服させる黄金の覇気。

 砂川鞠という勝者――覇者は、まさに会長であるべき存在だったのだ。

 俺は、屈服した。

 跪いた。

 心から――感謝した。

【信長】

「……俺は、幸運だったということだ」

 あんな素晴らしい人に負けることができたこと。

 俺は何て、恵まれているんだろう……!

 だから俺は、葛藤しない。迷わない。

 この俺――松井信長は、紫上会書記。会長の部下。

 その肩書きに相応しくなれるように……これからは、しっかりと会長の役に立てる――深幸みたいだが、仲間でありたい。まずは会長に、認めていただかなくてはならない。

 ……………………。

 ……その為に。

     
     

【児玉】

「――松井……お前、今……何て……」

【信長】

「俺は――この野球部を、退部します」

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