4.05「テレビの中の世界」

あらすじ

「煌めいて……くれねーんだよ……」深幸くん、回想。実は相当に真面目で純粋な少年であることが判明する4話10節。

砂川を読む

vsmiyuki

【深幸】

「お? 何見てんだ?」

 勉強の休憩がてら飲み物取りに来たら、2人がテレビの前で仲良くソファに座っているのが見えた。

【瑠奈】

「ナミダのコンサートー」

【深幸】

「おお。雰囲気が渋いもん見てんのな」

 キッズアニメ専門のチャンネルでは、たまにアニメだけじゃなくてこういうコンサートイベントの映像を流したりする。

 ……今全國で一番熱の入ってるキッズアニメは、矢張りこの「ナミダセカイノセイレーン」だろう。2人も今夢中だった。

 キッズアニメと油断することなかれ――このファンは多層に及ぶ。可愛らしいビジュアル、壮大な世界観、白熱のバトルシーン、奥行きをとことん意識したサウンド……語ればキリがない。制作陣はどいつもこいつも天才なんだろう。

 シナリオも、子どもたちに分かり易いよう設計されている筈なのに、何故か大人が唸る奥深さがあったりする。結果、俺は2人と一緒に見逃さず録画を見ている。

【深幸】

「……あれ? この音楽、どっかで流れてたか?」

【瑠奈】

「なにいってんだよーにーちゃん、ナミダがたたかってるときにきいたよー」

【深幸】

「マジか」

 ……この放送は、ぶっちゃけ大人向けじゃないかと思った。子どもが求めるのは盛り上げてくれるダンサーとかミュージカルだろう。対してこれは、百人以上の大人が集まって一つの楽曲を演奏する、厳かなオーケストラコンサート。聞いたことのある音楽は流れるけど、いまいち盛り上がりに欠けるだろう。

 ……それでもこうして耳を傾けていられるのだから、よっぽどのナミセカラブだ。

【璃奈】

「にーも、こんなかはいればいーのに」

【深幸】

「はぁ? 何云ってんだ璃奈ー。俺楽器弾けねえよー」

【璃奈】

「おどるのー」

【深幸】

「無茶ゆーな」

 俺の存在不協和音どころじゃないわ。

【璃奈】

「にーちゃん、テレビでみたーい」

【瑠奈】

「おれもーみてみたい」

【深幸】

「おいおい……そういうのはノーサンキューで。キラキラが足りない」

【瑠奈】

「きのうのにーちゃん、すっごいキラキラしてたよー?」

【深幸】

「それでも、足りないんだよ」

 後ろからソファの背に肘を着き体重をかけ、覗く形で音楽を聴く。

 ……一風変わった、サブカルチャーな世界。テレビは本当、色んなものを家に居ながら教えてくれる。

【深幸】

「(思えば、あの時も……テレビが始まりだったかな)」

     

* * * * * *

 俺は、ガキの頃からテレビっ子だった。

 すんげえ、キッズアニメ色々見てた筈だ。あんなに見てた割には、もう殆ど詳しい内容が思い出せないだけど……ただ、そのいずれかのタイミングで、俺は。

 ヒーローに、憧れた。

【深幸】

「俺も――こんなヒーローに、なりたい」

 そう思っていた時期は、確かにあった。

 ただ、すぐその熱は冷めていく。分かったのだ。

【深幸】

「俺は――あんなヒーローに、なれない」

 C等部に進学して、学校の授業を受けて、放課後遊んで……気付いた事実だった。

 この俺、茅園深幸は、ヒーローみたいに輝いていないと。

 凄い技を持っているわけでもない。賢いわけでもない。強大な敵から人々を守る存在では、断じてない。

 だから俺は、ヒーローじゃない。このテレビの先に居る凄いヒーローじゃない。

 俺はテレビの前で、ヒーローを見るだけの、ただの人間なのだと。

 まあ、それは俺の周り全員、そうだろうさ。それも子どもながらに分かってた。俺たちは人間でしかない。テレビの先は、あくまで架空の世界なんだと――

 ――だけど、アイツに関してはちょっと違った。

【男子】

「松井ー! 今日の放課後空いてるかー?」

【女子】

「松井くん、宿題手伝ってー、教えてー」

【男子】

「この前野球の試合あったんだよなー。どうだった松井?」

 松井信長。

【信長】

「今日も野球、すぐ野球。野球絶好調。ということでじゃあな!」

 俺と違って、毎日が忙しそうな奴だった。

 忙しいのに、全部を全力でやっているのが分かる奴だった。

 友達も多い。慕われている。成績もトップクラス。運動神経抜群。特に野球が強い。……あの頃から既にモテる要素しかないんだよな。

 一緒の空間に居るというのに、俺とは、全く違っていた。

【深幸】

「……違う住人、過ぎるわなー」

【信長】

「……何がだ?」

【深幸】

「え?」

 ……そんな男子が、ある時、この俺に話しかけてきた。

 別に喋ったことがないわけじゃない。だけど、基本俺は話そうとは思わなかった。思えなかった。コイツは、俺にとって遠すぎる存在に違いなかったからだ。

 だが、信長は俺に話しかけてきた。そして――

【深幸】

「な、何か用か、松井?」

【信長】

「ああ、ちょっと頼みがあってさ」

【深幸】

「…………頼み? 俺に?」

【信長】

「次の土曜日にさ、野球の試合あるんだけど、こっち人数足りなくなってさ。インフルで。このままだと試合すらできないんだ」

【深幸】

「……で、俺に、何をしろと?」

【信長】

「一緒に試合に出てくれ!」

【深幸】

「たいして野球の経験無いんだけど!?」

 ……断る理由も見つからず、これは結局やった。

 それで俺は、試合を成立させるためだけに出場した練習試合で活躍――はしてない。別にホームランを放ったわけでもない。寧ろストライク取られまくったし、俺で盛り上がったシーンなんて……ない、よな。守備で幾つか相手のアウトを取っただけ。誰でもできることだったろう。

 ただ、その試合が終わって……

【信長】

「ほんっと、助かった! ありがとう茅園!」

【深幸】

「……たいして役に立ってねーよ。誰でもできたことだし」

【信長】

「そんなことない! 本当にお前にお願いしてよかったよ。練習試合ではあるけど……茅園が居たから、勝てたんだよ」

【深幸】

「…………」

 信長は、そんなことを云ったんだ。

 変な奴だと思った。俺はそんな、お前ほどの奴に感激されるような存在じゃない。ただの人間だろ。なのに……そんな、喜んじゃってさ。教室では見せない顔。よほど、勝つのが好きなんだろう。

 兎も角、これを切欠に、俺は信長とよく話すようになった。まあ大体、信長から話しかけてくるんだけど。あと、頼み事とかしてくる。

 野球で忙しい信長は、学校ではいつも勉強していた。忙しい奴。そんな信長が困った時には……何となく、結局たいてい、俺が助けたりしていた。

【深幸】

「ったく……忙しいの分かってるんだから、クラス委員なんて引き受けんなよ」

【信長】

「俺に云われてもなぁ……皆勝手に推薦して一気に可決されちゃったんだし。だけど本当、茅園には悪いことしてるなぁ。代わりに会議出てもらって」

【深幸】

「別にいいよ、もう慣れたし。だけど……何で、そこまでやるんだ?」

【信長】

「は?」

【深幸】

「野球も、勉強も、全然妥協してなくてさ。遊びたいとか思わないのか? 俺、そういうの全然一生懸命になれないんだけど」

【信長】

「そんなの……決まってるじゃんか」

【深幸】

「何?」

【信長】

「――勝ちたいから。誰にも、負けたくないから」

【深幸】

「…………」

 ――アイツは笑いながら、本当に自然とそう云った。

 これだけはしっかり覚えてる、俺はその時のアイツの顔を見て、思った。

 コイツは、ヒーローになれる奴じゃないか、と。

* * * * * *

 ……B等部にエスカレートして、信長は野球部に入った。もっと野球で忙しくなった信長は、だけど変わらずの姿勢で勉強に打ち込む。

【信長】

「ま、またクラス委員になってしまった……」

【深幸】

「またかよ。流石にクラス違うから、代われないぞー」

【信長】

「ははは……まあ、何とかするよ。深幸は何か、部活入ったのか?」

【深幸】

「ダンス部。イカしてるだろ?」

【信長】

「少しずつチャラくなってきたなぁ」

【深幸】

「根暗よりは、ずっとマシかと思ってね。信長に迷惑かけたくねえし」

【信長】

「何でそこで俺が出てくるんだ?」

【深幸】

「何でもねーよ、忘れろ」

 俺たちはすっかり、一緒に居て当たり前って感じに、親友になってた。そんな俺たちは軈て……紫上会を知る。

 実力試験という熾烈な闘いを制した者だけが入れる、玉座。

 ――思った。

【深幸】

「なあ、信長。お前ならさ……実力試験、勝てるんじゃね?」

 勝つか。負けるか。それ以外の道はない。

 それなら、親友がどちらを選ぶかは、考えるまでもない。

【信長】

「――勝ちにいくに、決まっているな!」

 信長は、紫上会を目指し始めた。野球に劣らない熱で、めちゃくちゃ勉強し始めた。元々頭良かったのに、更に磨きをかけるように……。

 どんどん、煌めいていくような感覚。同時に……もっと俺から遠ざかっていくような感覚。

 2つの感覚が、より信長がテレビの先の存在のように見せていくのを思っていたある時。その信長が、こんなことを云い出した。

【信長】

「深幸――一緒に、入らないか?」

【深幸】

「……は?」

【信長】

「紫上会に。俺か深幸が会長になって、深幸か俺がそれを補佐するんだ。今までみたいに――一緒にさ」

 紫上会は、煌めくヒーローの場所だと思った。信長がそこに入るのは当たり前だと思った。

 だが……そこに、俺が入る?

 それは……どうなんだ?

【深幸】

「待て待て、俺はたいしてお前みたいに秀でてるわけじゃない。特出して役立つ存在じゃない。なのに……俺が紫上会になんて――」

【信長】

「莫迦云うな、深幸がどれだけの可能性を秘めているか、俺は分かってる! お前は……紫上会になれる」

【深幸】

「……信長……」

【信長】

「それに、お前がいなかったら、今の俺はないんだよ深幸。だから……俺の我が儘でしかないけど、また俺を助けてくれ! その分、お前のことを俺も助けてみせるから!!」

 ――信長が、心の底から、俺と一緒に紫上会をやりたいと思っていた。

 それが分かってから……俺は、ひとつ、今まで持ち得なかった想いを持った。

 お前が許してくれるっていうなら――だったら、観てみたいと思った。

 俺が、テレビとか架空の世界じゃなくて、俺の周りで、一番最初に見つけたヒーローを、一番近い場所でこれからも観ていきたいと……。

* * * * * *

     

【深幸】

「…………」

 休憩を終えて、中間試験の準備に戻る。

 だけど……頭の中がグチャグチャして、どうも、集中できてない。休憩が逆効果になったようだ。

【深幸】

「クソッ……」

 観たかった景色から……どんどん、遠ざかってしまっている。それもまた、現実の醍醐味ってやつなのだろうか。

 信長が心血を注いできた野球部という場所は今年度、正式な部ではなくなってしまった。

 信長が手を伸ばし続けてきた、事実届く筈だった紫上会会長の椅子は、手に入らなかった。

 ――俺がガチで観たかった、ヒーローとしての親友の姿は、もう見れないということだ。

 信長は勝者ではあるが――敗北したのだ。そう、アイツに。

 絶対的強者のアイツに――

【深幸】

「――何で――」

 煌めかないアイツに――

【深幸】

「煌めいて……くれねーんだよ……」

 何かを、呟いた気がする。

 ……覚えてない。ボーッとしてたかな俺。

【深幸】

「……紫上会、か」

 信長は、求めたものを手に入れられなかった。だけど、それでアイツが不幸に転がったわけじゃない。アイツはそんな弱い奴じゃない。勝つこともあれば負けることもある……それを分かってる奴だから、大丈夫。

 これからも、信長は紫上会できっと活躍できる。俺も……その隣にいる。

 それで、いいじゃないか。

 ……………………。

 いいのか?

【深幸】

「――よかねえだろ、本質的によ……」

 信長に、煌めくステージが与えられないなら……そう、ほんと本質的な話でさ。

 俺、何の為にここまで来たんだよ?

 何を観ればいいんだよ――?

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