4.14「本番、迫る」

あらすじ

「……これ以上、私を苛つかせないで」砂川さん、肉体を仕上げます。彼女の行動指針に周りの従業員も相当ドン引きな4話14節。

砂川を読む

Time

20:45

Stage

砂川家 運動場

【鞠】

「はぁ……はぁ……ふぅ――」

 この吐きたくて手足飛びそうなほどの疲れ、結構慣れてきたかもしれない。

 これなら先輩と走り込みとか、附いていけるだろうか。

【鞠】

「……さて、行くか」

【汐】

「今日も、お泊まりですかー?」

 いつの間にかメイドが覗き見ていたのはもう驚かない。というかいつも通りだ。

 そしてこれから学園に戻ることを考えれば好都合である。

【鞠】

「車の用意は?」

【汐】

「勿論いつでもオーケーですよーどうせいつものことだから分かってますしー」

 メイド、ふて腐れている。その度合いは何だか日増しに強くなっている気もする。

 まあ甚だどうでもいいことなのでスルーするが。

Time

21:00

 車に乗り込むと、急発進を始める。最近メイドは、急発進と急停車にハマっているらしい。捕まってしまえ。

【汐】

「はぁ~~~~~私の可愛い妹が日増しに肉体的に逞しくなっていくぅ~~~……」

 ふて腐れの原因は多分それだろう。

 ……いや、私別に見た目はたいして変わってない筈。元々筋肉つきにくい体質だし、それよりも精神燃料タンクを拡張することにこの2週間ほど注ぎ込んできたし。

 ……お腹を摘まんでみる。

【鞠】

「流石に痩せたかな……」

【汐】

「増えてますよッ! どうせッ! 筋肉の分だけ! 体重が体育会系になってますよッ!」

 ふむ。

 ……もし本当にそうなら、先輩に一回確認しておいた方がいいかも。

【鞠】

「(先輩、私が腹筋割れてても今まで通り接してくれるよね……ドン引きとかされたら)」

 由々しき事態かな。体育祭終わったら敢えてダラダラしてやろうかな。

【汐】

「だけど鞠、絶対にご飯を抜くなんてことしちゃダメですからねー。しっかり食べてるんですよね? じゃなきゃ私もパパもシェフ達も泣きますからね」

 揃って過保護な砂川ファミリーなことだ。

【鞠】

「何処かのメイドのお陰で、食にはそれなりに詳しくなってますから、少なくとも何処かのメイドよりかは健康管理できますが」

【汐】

「もっと感謝してくれてもいいんですよ~」

 何でコイツ解雇されないんだろう。

 お嬢様ってもうちょっと、箸より重いもの持たない生活するものじゃないのかと偏見を持っている私。この私は、箸も持つし包丁も持つし洗剤も使う。そうさせたのは家の方針とかでは断じてなく、偏にこのメイドの過去の行いだ。

 一応コイツは私の生活全般を支援する担当。私を快適にする紅茶を入れ、菓子を用意し、私の粗相を後始末し、私の身の回りを常に清潔にする存在――当初私はそう聞いていた。ああ、メイドだなぁと思った。

 だが、コイツは私の先入観を1週間で見事砕いた。今でもアレは砂川家の者たちの中で伝説として語り継がれている。

 まあ色々あって、結果私の身の回りのことはたいてい私自らで管理するようになった。ということで今回のような長期的なお泊まりも、私は殆ど堪えていない。寧ろメイドが夜襲してこないと分かっているだけ精神的に楽なものがある。

【汐】

「あんなに頑張る理由が、体育祭にあるんですかー? 鞠は一体何の種目に出るのやら……」

【鞠】

「それを貴方に云う必要がありません」

【汐】

「お姉ちゃんだから☆ これは理由に値するでしょう?」

 だが、メイドは懲りない。

 メイドは私にくっつき続ける。

 「お姉ちゃん」という在りもしない属性を掲げながら。

【鞠】

「……貴方に体育祭があるということを教えたことは無い筈ですが」

【汐】

「まあ、知らなくても、調べればすぐ出てきますけどねー。あと、随分周知活動に力を入れているようですし」

 ……どうせ昼ぶらぶらしている中で、聞き付けたことなのだろう。一応霧草区の公的掲示板にもポスターを貼ったし。

【汐】

「……ねえ、鞠。楽しいですか?」

【鞠】

「――ん?」

 と、メイドにはよくあることだが、話題が突然切り替わった。

 ……本当、何を考えているのか分からない。分かりたくもないけど、取りあえず黙って運転してほしいものだ。

【鞠】

「何ですか、いきなり」

【汐】

「ほら、私が学生の時は、毎日ずっと、楽しく過ごしてたので。鞠はどうかなぁって」

【鞠】

「同様に、貴方に回答する義務を私は持ちません」

【汐】

「……向こうに居た時は、少しは教えてくれたのになー」

【鞠】

「…………」

 そういえば……そうだった気がする。

 けど、向こうに居た時というのは終わった。過去だ。今とは違う。

【鞠】

「違って当然のことでしょう」

【汐】

「まだ、私たちのこと、怒ってるんですね」

【鞠】

「特に運動を起こすつもりはないので、心配なく」

【汐】

「だけど私たちを赦したわけじゃないってことですか? 兵蕪様、泣きますよ?」

【鞠】

「感情を露わにするのは健康にも良いらしいですから、放置すればいいと思います」

【汐】

「…………鞠」

【鞠】

「何ですか」

【汐】

「――自分のことばっかりですね」

     

Time

22:00

Stage

紫上会室

 ……今日は比較的遅くなってしまった。補導ロックオンというわけじゃないけど、声をかけられ始める時間帯だ。

 あのメイドが珍しく安全運転をしたからだろう。それは普通のことだから別に構わない、が……

【鞠】

「……何ですか。メイドのくせに……」

 私は絶賛、不機嫌だった。

 それもまた、メイドの所為ということで。

【鞠】

「私は――私ばかりを主張していい。その、権利がある」

 だから私は間違っていない。

 ……勿論、この人生全てが正しかったなんて自惚れは持っていない。もっと適切な選択があったと思う。あの時こうしていれば、と思うことだって沢山ある。仮にやり直せるなら……私はもっと、現在の時間軸において幸せだったかもしれない。

 まあ、考え方によっては今もまた幸せであると云うべきなのだから、私は執着しない。私は今見えている道を、行く。それが私の幸せだろう。

【鞠】

「……これ以上、私を苛つかせないで――」

 ――お姉ちゃん・・・・・

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