3.10「前夜」

あらすじ

「こんなに、一生懸命になってるのって、きっと良いことなんだよ」笑星くん、回想。純粋な心は逞しい心とはちょっと違う気がする3話10節。

砂川を読む

vseboshi

* * * * * *

【笑星】

「……何か、凄いことになってるな」

 実力試験の前日には、毎度御輿担ぎのようなイベントが開催される。試合に勝つからカツ丼、みたいなノリで縁起の良いものが無料で振る舞われる。

 お祭り騒ぎしている余裕は皆無いけど、伝統の力で背中を押してもらおうっていう人はいっぱいいる。実際俺たちも参加したし。

 ただ、2年生の気合いの入り方が何か違ったから、気後れして結局食べ物を貰って即刻退散した。パンなので、夜食にでもしようかなと……。

 その時間帯まで、食べなくて正解だった。

【邊見】

「うん~……かなり、可哀想だけどね~……」

【笑星】

「邊見、ほんと何も食べてないよね? 大丈夫だよね?」

【邊見】

「何も口にしてないし、手洗いうがいはしっかりしてるから~。体調管理だって勝負のうち!」

【笑星】

「だね」

 集団食中毒……よりにもよって、実力試験の前夜で起こるだなんて。

 誰が巻き込まれたのかは分からないけど、明日、強敵は思った以上に少ないかもしれない。

 ……そうなれば……

【笑星】

「ッ……」

 頭を振る。

 何を考えてるんだ。

 実力試験は、学力で勝負するところだ。感染症に頼って勝とうだなんて……そんなの、ダメだろ。そんなの願っちゃダメだ。

【邊見】

「……えっちゃんは、大丈夫~?」

【笑星】

「え?」

【邊見】

「準備、できてる? 苦手は克服できた?」

【笑星】

「……微妙、かなー」

 ……俺は、誰からも期待されてない。

 勉強を見てくれた姉ちゃんも、今年は諦めた方がいいと云っている。今の俺の学力じゃ……勝てない……。

 それは俺だってよく分かってることで。

【邊見】

「そっかー……でも、どうなるかなんて、賽を振る前なのに分かるわけないよね~」

【笑星】

「…………」

 一方で、邊見は……期待されていた。

 元々勉強が凄くできる邊見は、紫上会っぽいオーラを持ってるかは兎も角として、A等部から本番が存在する実力試験の勝者になる候補だとずっと云われてきた。

 最初、邊見は特に興味が無いと云っていたけど……俺が紫上会を目指すって云い始めてから、邊見は俺に協力してくれて……軈て、邊見も紫上会を目指すようになった。

 その理由は――

【邊見】

「えっちゃんとの、紫上会。そのチャンス一回目……何としても、全力、出さないとね」

 ――俺と一緒に、だから。

【邊見】

「えっちゃん……ありがと」

【笑星】

「えっ……? いきなり、何?」

【邊見】

「んー……えへへ、何となく! でも、今、僕楽しいからさ~」

【笑星】

「楽しい?」

【邊見】

「こんなに、一生懸命になってるのって、きっと良いことなんだよ。だから……紫上会に誘ってくれたえっちゃんのお陰だと、思うんだー」

【笑星】

「……そっか」

 ……俺は、邊見を巻き込んでしまった。だから……俺は負けちゃ、ダメなんだ。

 勝てば、姉ちゃんを、父ちゃんたちをもっと楽させてやれる、だから俺は負けられないんだ。

 ……負けては……なのに……。

【邊見】

「えっちゃん、ちょっとお手洗い行ってくるね~」

【笑星】

「あ、うん」

 ……………………。

 俺は――

* * * * * *

PAGE TOP