1.19「違和感」

あらすじ

「先輩がソレで、辛い思いをするのが……私も、辛いので」砂川さん、大事な先輩と電話。予告ですが、そろそろ砂川さんに悲劇が炸裂します。そんな霹靂前夜の1話19節。

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Time

20:45

Stage

砂川家 鞠の寝室

【鞠】

「ってことで、やり返してみました」

 ……晩ご飯のあと、ベッドの上で私はまたアルスで通話をしていた。

 一応、あっちの女性事情を考慮して基本音声通話と決めている。どうせなら顔も見たいな、と思わなくもないけど。

【先輩】

「― 強敵っぽい村田さんを即座に叩きのめすとか、流石俺が鍛えただけあるな ―」

 声を聞くだけでも、私は充分に、満たされる感覚を持つ。

【鞠】

「試験範囲を考えれば、今なら先輩に勝てるかもしれないですね」

【先輩】

「― 相変わらず生意気云うじゃねえか。こっちも負けられない立場だからな。加えて一番磨いてきたもので、負けるつもりは更々ないぜ ―」

 いつぞやの大輪大学入試用の模擬試験で、今の私ぐらいの時期――すなわちA等部1年の時に全教科満点を叩き出し、敵を殲滅した実績を持つ先輩。

 色々と出来が違いすぎる、まさに異次元な存在だけど……そんな先輩に、私は少しでも近付けただろうか。

【先輩】

「― しっかし、よくそんなことやろうと思ったな。発表式なんてものがあるのは俺も驚きだが、どんな形でもお前の結果は話題になるのは分かってた筈だろ ―」

【鞠】

「まあ、今日それはだいぶ思い知りましたけど」

 自己紹介がトラウマになりそう。

【先輩】

「― 俺の記憶が間違ってなきゃ、砂川がまともに会話できる相手なんて片手の指で数えられる程度だったような ―」

【鞠】

「ぅ……うるさいですね」

 でも間違ってない。

 私は自分でも認める、相当な弱小メンタルの持ち主。コミュニケーションを怖がるタイプだ。本来なら、誰とも会話しないで生きていけたらいいなとか思ってる、グローバルな社会において致命的なほど内向的な人間。

 まあ、全く喋れないわけではないので、将来の心配をする必要は無いのかなと思って、先輩には多少は改善しとけと云われてるものの結局放置している。

 ……そんな私が、一度に数百人に生でガッツリ見られるという異常な光景は今後一度たりとも無いに決まってる。こうして実際経験すると思い知る……あんなものを日常的にやってる先輩が、どんだけ異常な人なのかを。

【先輩】

「― 今何か俺電話越しにドン引きされてた気がするんだけど、合ってる? ―」

【鞠】

「合ってます」

 先輩に近付きたい思いの一方で、何処まで附いていっていいものかという恐怖。

 果たして私と先輩は、相性が良いのだろうか。

【鞠】

「何にしても、これで平穏無事な生活に落ち着いてくれるかなぁと……」

【先輩】

「― ……ていうか、抑も何でそこまで大規模な仕返しやったんだ? 要は村田さん虐めれば良かったってことだろ? 何かお前にも反動のダメージあった感じじゃないか ―」

【鞠】

「……まあ、それは……敵はその人だけじゃなかったというか……」

【先輩】

「― 複数いたのか? 村田さんみたいなイイ性格してる学友が ―」

【鞠】

「学友云わないでください。私的には、そうです……」

 全学生です。

【先輩】

「― 砂川って初見でそんな弄りがいある感じしてたかなぁ…… ―」

【鞠】

「先輩は初っ端からウザかった覚えが」

【先輩】

「― まあ俺の時は色々お互い接点を作る事情があったからな。何だろ、もしかして悪いことしたんじゃね ―」

【鞠】

「……秘密、です……」

【先輩】

「― 何故そこで秘密にするし ―」

 どうやら先輩は、私がどうしてそこまでやろうと思った根本の理由は察していないらしい。

 なら……少し恥ずかしいし、わざわざ云う事でもないかな、と思った。

【鞠】

「先輩の方は、何か進展ありましたか?」

【先輩】

「― ん? 進展って? ―」

【鞠】

「女性関係とか」

【先輩】

「― ……こっちはまだ暫く平穏は無さそうだ ―」

 案の定、先輩は先輩で大変らしい。

【先輩】

「― ていうか、それ、お前がダイレクトに問うの? ―」

【鞠】

「アレです、余裕というやつです」

【先輩】

「― 知っての通り、ウチの女性陣を舐めない方がいいとは思うがな ―」

【鞠】

「先輩が女たらしをやめればいいだけの話では」

【先輩】

「― 仰る通りですごめん ―」

 異次元な先輩は、人附き合いも異次元。

 一体あの学園でどれだけの女性が……男性も考慮した方がいいかもだが、先輩に想いを寄せているのだろう。先輩の倍率のヤバさは在学している者なら誰もが痛感することだろう。

 ただ、この私がいち早く先輩のこの先の人生の半分を拘束していることを知ってる人は殆ど居ない筈だ。

【先輩】

「― 嫌だなぁ内紛。俺をめぐって優海町が荒れるとか冗談じゃないんだけど ―」

【鞠】

「いいご身分ですね」

【先輩】

「― 他人事だと思って ―」

【鞠】

「当然、他人事だなんて思ってませんよ。ただ、私からすれば……その人たちがどうなろうと端的に云ってどうでもよくて」

 だけど。

【鞠】

「先輩がソレで、辛い思いをするのが……私も、辛いので」

【先輩】

「― ……砂川 ―」

【鞠】

「もう先輩が、あんな目に遭わないなら……変わらず私のところに来てくれるなら、どんな人附き合いをしてくれても構わないってだけです」

【先輩】

「― 分かってる。絶対、もうお前のことを忘れたりなんかしないから ―」

【鞠】

「……信じます」

 先輩は、そういう人だから。

 自分が納得いくまで、自分を傷付けてでも、他の人に尽くそうとする……そんな先輩だということが分かっているから。

 私は、今だって信じる事ができる。私はこの先、穏やかで……先輩も居てくれる、最高な道を歩いていけるのだと。

 だから、不満なことなんて何もない。

 そうなりそうだったものはもう排除して――

* * * * * *

【深幸】

「……明日、お前8時に登校してこい。正門で合流だ。いいな?」

【鞠】

「は? 何をいきなり――」

【深幸】

「嫌でも分かるからよ……お前がやらかしたことが」

* * * * * *

 ――不意に、チャラ男の一方的な約束事を思い出す。

 どうして上機嫌な今に限って……とも思ったが、実際私は多少なり気になっていた。

 今まで、気になってはいたのだ。

【鞠】

「……私のやらかしたこと」

 どうにも先輩は、「結果発表式」という終日イベント(といっても1限終わり)が用意されていたのが気がかりになっていた。そのリアクションを聞いて、私も……確かに、と思った。

 あんな、一般的に考えて大して点が取れなくて当然なテスト、つまり中途半端な結果が発表されるだけのテストがどうしてそこまでお祭りテンションで担がれるのかが、分からない。

 ホールの空気は熱で溢れていた。つまり面倒な伝統ではなく、学生たちからも受け入れられているお祭り。そこには学生受けもする、生きた意味が存在する筈だ。

 私が知っているのは、奨学金や将来の受験の武器になるってぐらい……それだけでも相当価値があるように思うけど、一方これだけであんなお祭り騒ぎになるかといわれたら……微妙だ。

 ……こんな勘繰り、これ以上何も起こってくれるなという気分で一杯な私はノーサンキューなのだけど……

 多分、何かそれ以外に存在する――実力試験が持つ、巨大な存在意義が。

 それは……明日、8時に学園に行けば判明する――

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